第51話 悪女、新学期にわくわくする。


 ◆


 新学期。開口一番、やっぱり私はアニータから文句を言われた。


「シシリー! あの手紙はないんじゃないんですの⁉」

「うちのママ、元気?」

「とても元気に土いじりをしていただいておりますわっ!」


 あぁ、今日も私の友人がとても愛い。

 どうやら私たちが実家を出た後、シシリーママもすぐに離縁状を置いて家を飛び出したらしい。


 私の書いた手紙一枚を頼りに、ママも恐る恐るヘルゲ家の門を叩いたらしいのだが……さすがは私の大好きな友人。私の直筆の手紙とシシリーそっくりのママさんの顔に、無碍にはできなかったらしい。きちんと薬学の知識と製薬技術を確認した上で、現在はヘルゲ家お抱えの薬学研究員の助手見習いをさせてくれているらしい。


「あなたが厳しくするよう言っていたから、本当に雑用から初めてもらっていますけれど……お腹を空かせるようなことにはなっておりませんわ。それで宜しいんですよね?」

「うん、大好き! アニータ!」

「本当に……わたくしも厄介な友人を持ってしまいましたわ」


 抱き付かれたアニータはそうため息を吐きながらも、やっぱり満更でもなさそうで。

 そんな可愛い友人と久々の交流を楽しんでいると、アニータが今教室に入ってきた生徒に目を向ける。


「あら、ハナさん。あの後も旅を楽しめまして?」

「はい……おかげさまで」


 新学期も垢ぬけることなく厚底メガネで、長袖、長スカートのハナちゃん。

 そんなハナちゃんとアニータが、夏休みも会っていたの……?

 そのことに目を丸くしていると、アニータが少しむくれる。


「なんですの、その顔は。ハナさんは夏休みの間一人旅をしていたようでして、我が家にもお立ち寄りくださいましたの。それこそ、道に迷っていたあなたのお母君を連れてきてくれたのもハナさんですのよ?」

「あら……ありがとう?」


 まぁ、アニータとハナちゃんは一緒にダブルスのテニスで優勝したこともあるんだし? それは立派な友達であるんだろうから、夏休みの間に会うことだって不自然じゃないんだけど……。


 なーんか、面白くないな?


(わたしは感謝だよ? てか、お母さま迷子になってたんだねぇ……)

(そりゃあ昔からお嬢様には違いなかったぽいし、人見知りで人に道を尋ねるのも苦手っぽいし、おかしくはないんじゃないかな)


 だから、私も口ばかりのお礼を言えば、ハナちゃんも「どうも」と会釈だけ返してくれた。

 その後にスタスタと自分の席に行って、すぐに他のクラスメイトと話し始めてしまったから、これ以上話は盛り上がらなかったけどね!


 ちなみに、新学期ギリギリまで一緒に遊んで、昨晩の遅くギリギリに一緒に戻ってきたアイヴィンは寝坊でもしたのか、始業の鐘と同時に教室に滑り込んできた。


「おはよう、お二人さん。新学期もよろしくね」


 私の頭をぽんぽんと叩きながら、そう顔を近づけてくる色男は、今学期も健在のようである。




 そして新学期初日らしく、全校集会やら二学期の説明やら受けるだけで今日のカルキュラムはおしまいだ。今日は魔導解析クラブの日。たしか二学期は文化祭があるから、その出し物の話し合いをするとか言っていたっけ。


 私は鞄を持ちながら、隣のアニータに話しかける。


「今日は部活があるから、放課後の勉強会はまた明日からやるってことでいいかな?」

「勿論、今学期もご指導はよろしくお願いしたいですけど……あなたも大丈夫ですの?」

「どういうこと?」

「ご両親の離縁だけではなく、その……監査官が派遣された話が、界隈で有名になっているようですけども……」


 聞きづらそうに尋ねてくるのは、やっぱり両親のこと。

 正直、私も少し心配していたのが私たちの在学だ。家が破産なんてことになれば、当然私たちの学費どころではなく、そのまま中退させられる可能性もあったと思う。


 だからそのことを鑑みて、城のお役人に奨学金のことも相談してみたんだけどね。


「まぁ、ここからでしょ」


 私は肩を竦めて、「また明日ね」と教室を出る。

 だって言いたくないもの。どっかの偉―い人の『将来のために、現在の学歴をもっておくに越したことはない』なんて鶴の一声で、すでに学費が支払い済みだったことなんて。


(夏休みの間にケリをつけてくるべきだったかな)

(でもアイヴィンさんとの夏休みも楽しかったと思うけど?)

(…………まぁね)


 復讐よりも、目先の娯楽を優先させたのは私である。

 アイヴィンの様子見という意味もあったけれど。


 だけど、どのみち過ぎてしまった時間は取り戻せようもない。私たちが廊下に出ると、「シシリー」と声をかけてくる少女が一人。だいぶ髪を整えるのが上手くなってきたお姉ちゃんことネリアである。


「元気そうね」

「そっちはどう?」


 お姉ちゃんと会うのも実家ぶり。その後を聞いてみれば、彼女はとてもつまらなそうに答えた。


「お母さまにも出て行かれて、お父様も大変そうだけど……あたくしはひとまず、なるべくいい成績で学校を卒業することが一番だから」

「そ。それじゃあお互いがんばろうね」


 私のまわりに少しでも汚点がないようにと、どこかの屑長おじさんが彼女の学費も手を回してくれたようだけど……そんな裏事情はお姉ちゃん含め、おそらくパパも知らないのだろう。


 それならそれに越したことはないと、私が立ち去ろうとすると、ネリアが口を尖らせてくる。


「……ふん。勉強でわからないところがあったら、教えてくれる?」

「いいんじゃない?」

「え、なによ、その返答は!」

「とりあえず部活に行ってくるねー」


 そして私は、笑顔でぴらぴらと手を振った。

 私は心の中のシシリーに確認しておく。


(お姉ちゃんに教える時は、シシリーが面倒みるんでしょ?)

(うん。ネリアを甘やかしたのは、わたしの責任だしね)

(まったく、どっちが姉なんだか)

(わたしたちは双子だから)

(そうだったね)


 シシリーがネリアに甘いのは、やっぱり少し気に食わないけれど。

 それでも、今日はとても良い天気だ。

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