7章 想いを鳴らす秋の落とし物
第50話 王子、泡沫の夢を見る。
◆
王族として生まれた。人によっては、それだけで『人生勝ち組』だと揶揄してくる人もいるだろう。
だけど、僕はこれほどまで自分の生まれを憎むことはあれど、感謝などしたことがない。
だって、僕の母親は王宮のメイドでしかなかったからだ。
いわゆる『お手付き』というやつだ。国王の気まぐれで抱かれ、孕み、生まれた自分。妾の子としての周囲からの目は厳しく、長兄と次兄が王宮で堂々暮らしているのに対して、母と自分だけ離れの小屋で生活させられる始末。もちろん、僕らの面倒をみてくれる侍女なんて一人もいない。食事も、洗濯も、小屋の修理まで、全部自分たちの手でしたものだ。
だけどそれでも、ある時までは幸せだったんだと思う。
食べ物に困ったことはなかったし、着る物だって豪華とはいえなくとも、背丈に合わせた物を用意してもらえていた。話によれば、父である国王がきちんと手配してくれていたという。
たまに会う国王は、いつも大切なものを見る目で僕を見下ろしていた。
『ずいぶん大きくなったなぁ。このまま健やかに生活しなさい』
教育の機会も兄たちと同じように与えられ、幸い魔力も人より多かった。だから魔術を学ぶ機会も増やしてもらい、僕が読みたい本は何でも用意してもらった。
――けっこう恵まれてるじゃないか。
幼いながら、そう思ったものだ。お母さんはいつも僕を哀れむような目で見て、僕が寝た後にいつも泣いてばかりだったけど、その頃はそんな不幸だなんて思ったことはなかった。そりゃあ、王妃や兄たちの視線は痛かったし、多少の嫌がらせはあったけど、父親である国王に相談すれば、すぐに治まった。なんで、お母さんはいつも僕に『ごめんね』と謝るのか、わからなかった。
そんなある日、国王が崩御した。突然の病だったという。
すぐに次兄であるヒエルが王座に就いた。長兄じゃないんだ? と思ったけど、なんか長兄も最近体調が思わしくなく、ずっと王宮に引きこもっているらしい。ヒエルはひときわ俺に厳しかったから、これからは苦労するだろうなと思った。その頃、僕はまだ六歳やそこらだったから、母と城を出て暮らすなんてことは子供だてら無理だと思っていたし。でも、何としてもお母さんだけは守らないと。
そう、思っていたのに――ヒエルはまるで人が変わったかのように、僕に優しかった。
『いいものをたくさん食べるんだぞ。お前の魔力はとても綺麗だ。どうかそのまま大きくなれ』
兄に頭を撫でられたのなんて初めてだった。
しかもヒエルは、今までと人が変わったように真面目に為政に取り組み始めたという。まだ齢二十歳やそこらだというのに、先王である父と変わらない統制をあっという間に築き、世界は何も変わらないように平穏を続けていたという。
――だったら、僕も一生懸命に勉強しよう。
幼心に、そんな素晴らしい兄を支えたいと思った。妾の子とはいえ、そんな兄と半分も血が繋がっていることが誇らしかった。王族なんて関係なく、ヒエル王が築く素晴らしい世界の一助となれば――そんな夢をお母さんに語ると、なぜかいつも悲しげな顔をされたけれど。
でも、悪いことじゃないと思ったんだ。だって、僕が一生懸命に世の中の役に立てば、きっとお母さんにももっといい生活をさせてあげられる。そうだろう? 城の中での立場も大きくなって、もう夜な夜な繕い物をすることも、冷たい水で手を荒らすこともなくなるんだ。
だけど、そんな夢は八歳の時に途絶えた。
『おまえ、もういらない』
その宣告は突然だった。少し遠くまで遠征に行っているかと思いきや、浮かれた様子で戻ってきた。そして、僕を見て開口一番に笑いながら言ったことがそれだ。それだけだった。
それから、僕らの生活は一変した。
一切の支援がなくなったのだ。食べ物や着る物、一切が何も与えられなくなった。水すらも、離れの井戸を使っているのがバレたら怒鳴られる始末。前までは汲むのを手伝ってくれるくらい優しかった兵士たちが、だ。泣いて懇願する僕らに、彼らはこっそりと教えてもらった。
『ごめんな……全部、ヒエル陛下からの命令なんだ。なんか、もっといいものを見つけたからって』
さっぱり意味がわからなかった。だから、直接話を聞きに行こうとした。王座に就いてから、あれだけ優しかった賢明な兄だ。きっと、これらにも深い意味があるに決まっているって――お母さんには『やめなさい』と止められたけど。僕は行った。
そうしたら、そばに近寄ることも許されなかった。
『もう王宮に立ち入ることもやめなさい。おれらも、小さい頃から見ている子供を殺したいわけじゃないんだ』
兵士さんのあまりに悲痛な表情に、なぜか僕まで悲しくなった。だけど、その時チラッと見た兄のそばには、見たことない子供がいた。
僕と同じくらいの年齢だと思う。とても瘦せっぽちだったけど、どこか知的な雰囲気のする少年だったと思う。同性ながらに顔が綺麗な子だとも思った。
そんな子供に、ヒエル陛下はかつて僕に向けていた顔を向けていた。
『魔力の質は小さい頃からの生活が大事だからね。たんと食べて、健やかに育つんだよ』
それは父である先王の表情とも、とても酷似していて。
なんだか気持ち悪くて、僕はすぐに逃げ出した。
ここから逃げなきゃいけない気がした。
――おまえ、もういらない。
なぜだろう。今までの僕らの世界が、その一言からすべて壊れてしまったような気がして。だけど、そんな僕の決断もすでに遅かったんだ。
僕らの家に戻る途中で、使用人さんたちが集まっている光景を見かけた。みんながそれぞれの仕事道具を持って泣いていた。泣きながら、箒やバケツやめん棒やおろし金とかを振り下ろしていた。
『ごめんね……こうしないと、私たちが……本当にごめんね……』
彼らが仕事道具を振り下ろすたびに、その輪の中から聞こえるうめき声。それは女性のものだった。
そのうちの一人が、呆然としていた僕に気が付いた。そして、また悲しそうな顔をして。みんなが手を止める。僕の足はふらふらとその真ん中へ向かっていた。
そこには、僕のお母さんが血まみれになって倒れていた。
零れ聞いた話では、お母さんは食料を分けてもらおうと保管庫に忍び込んだらしい。使用人らはもしも僕らが食料などを無断で盗もうとしたら、僕らを『処分』するように厳命されていたらしい。
『お母……さん……?』
『そこにいるのは……ごめんね。もうお母さん……目が見えなくて……ごめんね……』
手も足も、顔すらも血まみれになったお母さんを、どうやって小屋まで連れ帰ったのかを覚えてはいない。代わりに、その後お母さんが全身の痛みと高熱で苦しんでいる姿をとてもよく覚えている。
そして、死んだ。
最後まで『ごめんね』と謝りながら、死んだ。
だけど、痛みや熱から解放されたお母さんがとてもホッとしたように見えたのを、僕はとてもよく覚えている。
その後、なぜか一人になった僕の生活が改善された。偉い人が陛下に進言してくれたらしい。
その代わり、その偉い人が遠くへ左遷されてしまったらしいけど……僕の元へ、最小限の食糧が届けられるようになった。
『たしかに王族が立て続けに死んだら、風評に悪いよね。ぼくも浮かれすぎていたよ。スペアも多いに越したことはないし。兄が死んでよかったね』
何を言われたのか、当時に僕にはさっぱりわからなかったけど。だけどちょうど同時期、たしかに長兄であった男が病死したらしい。どうやら王の血筋は短命らしく、それは自分も例外ではないらしい。だけどそんなことより、ヒエル王は僕の信じられないことを言ってくる。
『だから、これからも健やかに育ってね――ぼくの新しい身体の予備として』
そして十五になった時、僕は魔術学校に通うように命じられる。このままでは将来、城の中に僕の居場所はないらしいけど、それでも『予備』として最低限の学歴があった方がいいらしい。
これでも正式な立場は第三王子……繰り上がって、表向きは第一王位継承者だ。外の学校に通うため、表向きの護衛が必要とのこと。
その時に紹介されたのが、僕と同い年の『本命』だった。
――あぁ、こいつのせいで、僕の価値がなくなったんだ。
――だから、僕のお母さんは……。
『王立魔導研究所のアイヴィン=ダールです。どうぞよろしくお願い致します』
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