第53話 悪女、解説する。


(今は、お祭りといったら花火じゃないの?)

(花火ってなに?)


 なんと! 八百年の間に花火という概念がなくなっていたとは⁉

 素敵な文化は復興させてあげないとね。

 私はスタッと立ち上がり、黒板のもとでチョークを持つ。


「えー、花火というものはね――」


 そして黒板に描くのは、花火の図式とその組成である。

 まず、色とりどりの火を空に打ち上げ、夜空に花を咲かせるようなものであるということ。


 そして肝心の花火の素、八百年以上前に『花火玉』と呼ばれていた物は、球形の型の中に複数の火薬を詰めて、時間差で点火するように仕込んだものであること。


 正直、私レベルになれば花火玉など作らなくても、魔法でそんな幻想を作り上げることは可能なのだが。でも今の魔術と呼ばれるシステムだとひとつひとつの行程が多いため、数コンマの炎色反応を操作することは難しかろう。一年生や二年生が多い、学生だと尚更ね。


 だから八百年前より昔の古代から伝わる花火玉とまで原始的でなくとも、似たような道具を作って当日は打ち上げるだけに専念した方がいいと思うんだよね。


 なので、そんなことをざっくり説明して「どうでしょう?」と問えば。

 ポカンとしている後輩たちの中で、マーク君がボソリと呟いた。


「どんなものか皆がわかっていないようだから、イメージだけでも今見せることはできないのか?」


 小さくてもいいから、という彼に、私は両手を打つ。


「あー、ただの変色反応のでいいの?」


 それなら一学期に授業でやったじゃない、と私はポポポンッと光の花をいくつも生む。

 あの頃はまだシシリーの魔力がひきこもっていたからアイヴィンの手を借りたけど、もう必要ない。こんな見せかけだけの魔法だったらいくらでも使えてしまう。


 ただ、うーん。部屋が明るいと今一つ感動がないかな。

 だから私が同時に暗影の魔法を使ってから同じように小さな光の花火を生んでみせれば、「おぉ」という感嘆の声がいくつも上がった。ふふっ、気分がいいかな。


 調子に乗ってポンポン派手に演出していれば、マーク君から「もういいよ」という声。ちぇー。もっと♡マークとか色々あるのになーと思いながらも、部屋の明るさを元に戻せば。後輩たちは一斉に『すげええええ』と湧き出し始めた。


「え、これをおれらが作っちゃうの?」

「すごくね? 学園祭でこれやったらすごくね?」


 うんうん。若者はこのくらい単純じゃないとね。愛い愛い。

 その中でやっぱり一人落ち着いているのはマーク君だ。


「変色反応は三年で習うことだろう。君も知っての通り、部活の中心は一年生と二年生だ。それを『打ち上げる』と言っている以上、今より大規模なものを披露するつもりだろう? 本当にできると思っているのか?」

「初めからなんでもできないつもりでいたら、世に研究者なんて誰もならないと思うけど?」


 魔力はとても綺麗なのに、あまりにつまらないことを言うものだね。

 でも……今の私は『シシリー=トラバスタ』。

 少し前まで落ちこぼれだった人から言われても、説得力はないのかも。


(ごめんね……)

(シシリーが謝ることじゃないよ――ここから『すごい』って言われるのが快感なんだから)


 そして、私は人差し指を立ててにっこり微笑んだ。


「それじゃあ、プロに聞いてみましょうか」




 そして『プロ』とは、当然みんな大好きアイヴィン=ダール次期賢者様である。


「まぁ、変色部分を三年のおまえらで担当すれば、あとは一・二年でもできるんじゃないの?」


 その鶴の一声に、再び大盛り上がりの後輩たち。

 だけどやっぱり、渋っているのがマーク君だ。


「お前も彼女の前だからって調子のいいこと言っているなよ」

「いや、俺は本気だよ? だって同時に一人でやろうとするから大変なだけあって、おまえらが変色光のパーツさえ作ってしまえば、当日は他の作業ができるだろう? その『花火玉』ってやつの外殻を二年に作らせて、一年が打ち上げる式を構築しておけば――あとはおまえらが指揮して打ち上げ式を作動させるだけじゃん」

「だけど、たとえ一つ一つの式の開発が上手く行ったとて、それらの連携とかバランスが―」

「その調節なら彼女――いや、俺がやってやるよ。面白そうだし」


 おーおー、アイヴィンさん。ナイスだね。

 そりゃあ私なら全体の調整くらい簡単だけど、さすがに有能さが目立ちすぎだしね。

 それでも、やっぱりマーク君は納得がいかないらしい。


「しかし、そもそも魔術解析の本分とはズレるんじゃないか?」

「解析って、物事を細かく解き開き、理論的に研究することって意味でしょ? 自らが発表した新しい式の解析をするとか、これ以上ないくらいピッタリの研究発表だと思うけど?」


 なんでしょう、その『減らず口が』と言いたそうな視線は。

 まぁ、前髪が長くてしっかり目が見えないから、いくらも怖くないんだけど?


 椅子に座った私がニヤニヤ見上げていると、マーク君が小さく舌打ちする。


「お前の彼女、本当にいい性格しているよな」

「お褒めいただきどーも。そんな可愛い彼女と、二人になってきていーい?」

「……勝手にしろ」


 後輩たちは、さっそく二年生の部長を中心として班分けなど開始しているらしい。

 その隙で、私はアイヴィンに腕を組まれて人気のない廊下へ。


「あなたは友達に私のことを『彼女』と言っているの?」

「まだ言ってなかったけど、公言してもいいの?」

「だーめ。シシリーの婚約者探しに悪影響が出たら、どう責任とってくれるのかな?」


 私の質問に、アイヴィンは苦笑しながらも肩を竦める。


「本当に、きみはトラバスタ嬢一筋だね」

「あげないよ?」

「それは残念」


 そんな軽口は置いておいたとしても、いい機会だ。

 私も少し案じていたことを確認してみる。


「呼んでおいてアレだけど……本業の研究に大失敗したばかりの次代の賢者さまは、こんな手伝いをしていていいのかな?」

「研究室の片づけだけはさせられたけど、それ以外は何もないんだよね。まぁ、しょせん俺は『王の器』として飼われているだけだから、研究結果なんて二の次なわけだし……王が手を出せるようになる学校卒業まで、ストレスもなく健康な状態でつつがなく過ごしてすれさえすればいいらしいよ」

「……よくもまぁ、平然と言えるね」


 私が眉間に力を込めると、そこをツンと指先で突かれる。


「まぁ、それが事実だしね。それより本題だけど、花火はどこまで俺が口出ししていいのかな? 正直、きみが本気を出したらすぐ完成しそうな気がするんだけど」

「あ、それは大丈夫。全部シシリーにさせるから」


 心の中のシシリーの疑問符は、アイヴィンにも聞かせてあげたいほど可愛いものだった。


(えっ?)

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