第48話 悪女、少し本気を出す。

「くそっ!」


 私は急いで魔力を紡ぐ。そして攻撃的な細い熱線で、『母親』の頭部を貫こうとするも――それは魔術的な障壁で弾かれた。とっさにアイヴィンが防いだのだ。


 ズレた熱線の衝撃で、実験器具が壊れる音が響く。

 それとほぼ同時に、アイヴィンは首を掴む手をなんとか振りほどいたようだ。けほけほと咳き込みながらも……その『殺人人形』にかける声は優しい。


「ふふ、まだその身体に慣れていないからね。力加減を間違えちゃったんだよね?」

「アイヴィン、いい加減に――」

「黙れよっ!」


 目を覚ませと、最後まで言わせてもらえなかった。

 だって、彼ほどの頭脳の持ち主なら、わかっているはずなのだ。


 これが本当の母親でないことくらい。

 母親の顔をした殺人人形にすぎないことを、わかっていないはずがないのだ。


 それでも……彼は怒声をあげたいのを懸命に堪えて、私に向かっても極力優しい声を出そうとする。


「放っておいてくれていいからさ……きみは先に寝てきてよ。明日はちゃんと役人に会わせてあげるから。今晩だけは、さ……?」

「……ちゃんと自分で処分できるの?」

「そんな言い方⁉」


 ――やるしかない。


 私は有無を言わさず、再び指先に溜めた熱線を『母親』へと放った。

 大きな舌打ちとともに、それをアイヴィンは当然のように払う。


「これ以上は、冗談として流せないけど?」

「お生憎様。私は本気だよ」


 躊躇わず、今度は両手に集めた熱を雷へと変換して放つ。

 私の容赦ない攻撃に、アイヴィンが喚く。


「この――悪女がっ!」

「そうだよ。私は稀代の悪女・ノーラ=ノーズだもの」


 だから、存分に恨めばいい。

 恨みなんか数えきれないほど背負い慣れている。私が封印される時の民衆の歓喜の声援を、きっとあなたは知らないだろう。その民衆が今更一人や二人増えようが、私にはさして問題ないのだ。だから、存分に恨んでほしい。


 その妄執が私への復讐心に代わったところで――私はどうってことないのだから。


(……嘘つき)

(最近のシシリーは減らず口が多くないかな)


 心の中でそんな軽口を叩きつつも、状態は正直悪かった。

 ずーっとこちとら、全力で攻撃しているものの……一向にターゲットに当たってくれないのだ。全てを完璧にアイヴィンが防いでしまっている。実験室内はもうボロボロだけどね。


 埒が明かないと攻撃の手を一瞬緩めた時、アイヴィンが笑う。


「もう諦めなよ。トラバスタ嬢の一般的な魔力量じゃ、いくらセンスが長けていたって俺は出し抜けないよ? もうきみは一般人なんだから。自分の身の回りだけ大切にしておきなよ」

「ふーん、言ったね?」


 そこまで言われて黙っていられるほど、私はできた人間ではない。

 それに……こいつはわかっていないのかな?


 私の青春に、常に付きまとってきたのがアイヴィン=ダールあなたなのにね?

 だから私は息を整えてから、手を上に掲げた。


「来い――ノーラ=ノーズの魔力!」

「はっ」


 アイヴィンの嘲笑だけが聞こえる。

 いくらシシリーの魔力を込めても、遠くから私の魔力を連れてくる気配はない。


「無駄だよ。この研究所の全体に結界が張ってある。外からどんな魔導的な攻撃をされても、通さないような結界がね。だから中からいくらきみ自身の魔力を呼ぼうとも、それがきみの素まで届くことはない」


 それでも手を掲げ続ける哀れな私に、アイヴィンは慈愛にも似た笑みを浮かべた時――私は大きく足を踏み鳴らした。途端、わずかなランプに照らされた私の影が鋭利に伸び、その黒い実態がアイヴィンの喉元を狙う。


「なっ」


 たかだか『次代の賢者』如きが馬鹿にしないでくれるかな。

 私は稀代の悪女と謳われる前に、八百年生きている『大賢者』だ。あなたの言うセンスだけで、十八歳の若造を出し抜くくらい簡単だよ。


 だから、アイヴィンの自身への致命的な攻撃を防ぐための一瞬で、私はシンプルな熱線を人形へ放とうとした時だった。


「えっ?」


 今度、思わず目を見開いたのは私の方。

 その『母親』を模しただけの殺人人形キリングドールが、自らアイヴィンの前に踊り出し――私の伸びた黒い影が、彼女の胸に光る赤いクリスタルを貫いた。 

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