第46話 悪女、夜更かしをする。
「アイ……ヴィン……」
アイヴィンの呼びかけに、その女性人形が答える。
その声に、さらに研究室が湧いた。まさに世紀の大研究が成功したと言わんばかりの雰囲気に着いていけないのは私だけではない。
(なになに? 一体どうしたの⁉)
(……簡単にいえば、ドール研究の応用で死者蘇生に成功したってことだろうね)
(死んだ人が生き返ったの⁉)
死者蘇生は人間の存在意義から否定する禁術中の禁術。
だけど……奇跡の力を研究する者ならば、誰もが一度は憧れる技法である。
そして、アイヴィンは言っていた――何を賭しても、生き返らせたい人がいると。
(ほら、あの胸の赤い宝石みたいなの見える? 亡くなった人の座残留魔力を結晶化した物なの。正式名称は……今の時代じゃわからないけど、私の時代ではクリスタルって呼んでいたかな。魔力の中の記憶でドールが動いているって……感じかな)
厳密にいえば、色々と違うのだけど。この場の雰囲気になるべく則した言い方をすれば、こんなところだろう。
ともあれ、シシリーも今のところは細かい仕組みを知りたかったわけではないらしく、
(へぇ、アイヴィンさんって本当に天才だったんだね!)
と、他の研究者と一緒で賛辞を送りたい様子だ。
なので、私も一言くらい声をかけるべきかと悩んでいると、アイヴィンの方が先に私を見つけた。そして他の研究者を押しのけて、私の肩を揺らしてくる。
「ほら、見ろよ。嘘つき。ちゃんとできたじゃないかっ!」
「う、うん……よかったね……?」
あの、アイヴィンさん?
私、お母さんの蘇生は絶対にできないよとあなたに話したことがあったかな。
あなたが死者の蘇生を研究目的としていることは体育祭の時に聞いたし、それが母親なんだろうってことは先ほど所長から聞いたけど……私はあなたに『できないよ』なんて言ったことなかったと思うけどな? 夢見ることは若人の特権だし。言わずとも、私の雰囲気から言われたような気になってしまっていたのだろうか。
だけど、とりあえずアイヴィンは興奮の真っ只中にあるようで。
アイヴィンは私の手を引いてくる。何回か彼と手を繋いだことはあるけれど……今までで一番手が痛かった。だけどアイヴィンは痛がる私なんかに気付かず、とても嬉しそうな顔で私と対面させる。
「紹介させてくれ。俺の母親だ」
すると、その人形はにっこりと微笑んだ。
まさに、その柔和な笑みは『母親』そのもの。
だから、私は確信する。
この『人形』は、すぐに壊れるだろうな――と。
その後、研究所内はお祝いモード全開だった。
(お祝いはいいけど……誰もあのお母さんに洋服を着せてあげないのかな?)
(言われてみればたしかに)
研究者なんて、私を含めて頭のネジが何本か外れている者が多い。被検体の裸なんて誰も気にしていないのだろう。だから私は、シシリーの当たり前の気遣いに思わず微笑む。
(どうかシシリーはそのままの研究者になってね)
(えっ、なんでわたしが研究者に……)
(あれ? さっき魔導メガネに興味津々だったのは誰だったかな?)
まぁ、その話は後日改めるとして。
まさに宴だ。アイヴィンの母親を囲んで飲めや歌えや大騒ぎ。その中でアイヴィンも笑って泣いてと大忙しだったと思う。そんなめでたい場に部外者がいるのもおかしいだろうと、私たちはお暇しようとしたんだけど……アイヴィンの『泊まる場所とお金はあるの?』と一言で撃沈した。王都の宿はね……女の子ひとりで泊まれるような安全な所、お高いんだよね。諸々の手続きだけしてすぐに出るつもりだったし。
なので、本日の主役だというのに、しっかりと研究所に併設している宿舎の一部屋を手配してくれたアイヴィンの好意のもと、私たちは夜をのんびりと休めていた。明日は所長の一筆をもって、城の役人のところまで連れて行ってくれるらしい。
相変わらず、何から何まで至れり尽くせり。さすが色男……というか、単に彼が優しいだけかな。どれだけ私のことが好きなんだか?
だからこそ――シシリーも眠って、ひときわ静かな夜にひとりベッドから起き上がる。だけど、良くも悪くも一蓮托生。私のちょっとした行動で、シシリーも起きてしまうらしい。
(ノーラ……どこに行くの……?)
(シシリーは寝ていていいよ。見ていても気分がいいものじゃないから)
(それ、余計に気になるから)
普段、どちらかが寝ている時は身体を一方の自由で動かせるんだけどね。だけどシシリーは寝るタイミングを私に合わせて、一人で動こうとはしない。相変わらず自我が弱いのか、それとも何も考えていないのか。
正直シシリーのことも全てわかるようで、実のところ何もわかっていないんじゃないかと思うことが多々あれど。どんなことであろうと、私はシシリーの意志を邪魔するつもりはないし、それがどんなに間違っていようとも、やりたいことがあるなら何でも協力するつもりだ。
そう――相手がシシリーの場合は。
(今から、アイヴィンのお母さんを
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