第45話 悪女、同情しない。 

「そうです。アイヴィンには盗賊が村を襲撃したように思わせる演出をさせられましたが……村に火をかけるよう命じられたのは僕です。逃げ惑う村人を斬り捨てたのは国王の私兵。全ては、新たな国王の器を手に入れるために――」


 言葉の途中から、私は話を聞くのをやめる。

 代わりにシシリーに尋ねるためだ。


(ごめん。役人への伝手……ぶっ壊してもいいかな?)

(あとでまた考えればいいよ)

(ごめんね)


 そう、シシリーに許可をとってから――私は身を乗り出し、所長の頬を平打ちする。だけど所長は文句の一つも言わず、口を閉ざすだけ。


 そんな殊勝な偉い人に、私は静かに問いかけた。


「なぜ私が怒っているのか、わかる?」

「……どの口がアイヴィンを助けろと乞うているのか、てことでしょうか」

「ご名答。さすが現在の魔導最高権力者」


 私の嫌味にも、所長は眉根一つ寄せない。ただただ奥歯を噛み締めるだけだ。


「我々魔導研究所の職員は、皆、入職する時に契約印を刻まれております。国王の命令には逆らえば、命を失うというものです」


 所長曰く、その印は胸に刻まれているらしい。誰もオジサンの裸は見たくないからね。「見せますか?」という問いかけには「今度アイヴィンに見せてもらいます」と答えておいて。


 その印の意図を、私は推察する。


「革命防止って名目かな?」

「……ご理解が早い」


 あれだ。魔導士に反旗を翻されたら、あのクズ王は御する自信がないのだろう。度量が狭い。まぁ、そんな理由があったところで、アイヴィンの故郷を燃やしたことを「仕方ないね」と流すつもりはないけれど。


「つまり、今の世の魔導士は総じて無能ってこと? みんな傀儡になるために魔導を極めようって? 人間はこの八百年間、ずいぶんとラクをしてきたのね」

「お怒りはごもっともです……ですが、あの国王も悪いだけではない。一部が犠牲になれば……ほとんどの国民にとってはとても良い王なのです。街は栄え、飢饉などの自然災害に対しての対応も手厚い。他国ともこの八百年間、大きな諍いはない。だから――」

「そのために、アイヴィンに死ねと」


 すると、所長は堰を切ったように喋り出す。


「僕には時間を稼ぐことが出来ぬのです! 本当は彼が十六になった頃に憑依を完成させる話がありました。だが、学生であるうちは国王も不可侵で人権が守られる制度がある。それを利用して、無理やりアイヴィンを学校に入学させ……三年間、時を稼いで……その間に、何か手だてがないかと抗うことしか――」

「そして、その三年目で稀代の悪女が復活したと?」


 私の言葉に、濡れたまま押し黙る所長を見て。


「あははっ、この世の平和を、再び私に壊せってことかな!」


 もう笑うしかない。この所長は自分が悪人になるつもりはなく、だけど愛着の湧いてしまった息子を助けたいがために、八百年前の悪女に再び悪行を強いているのだ。


「なんたる傲慢。なんたる勝手。そんな人の良い顔をしておいて、ものすっごいワガママね! めちゃくちゃムカつく!」


 そして、私は立ちあがる。私はこの人が嫌いだ。


「あなたの頼みは聞かない。私は私のやりたいようにする――結果、アイヴィンが助かろうが、この世が崩壊しようが、あなたには一切何も関係ないから」


 そう言い切って、部屋を出る。後ろから「ありがとうございます」とすすり泣く声が聴こえる気がするけど、気のせいだろう。私が螺旋階段をゆっくりと下りる。


 すると、シシリーが話しかけてきた。


(ノーラ、どうするの?)

(ちょっとシシリー、他人事?)

(このまま、あの王様の所に殴り込みに行く?)


 その疑問符に、私は思わず噴き出す。


(それ、あなたの身体が衛兵に串刺しされる可能性も少なくないんだけど?)

(でもわたしたちは一蓮托生でしょ? アイヴィンさんには……ノーラに出会う前から、少しだけお世話になっていた気がするんだよね)

(なに、その微妙な言い回しは?)


 一年生や二年生の時もシシリーは同じクラスだったらしいから。その間に何かしらの縁があってもおかしくはない。だけどそれは、シシリーが命を賭けるほどのものとは思えない。それは、私に対しても同義だ。


(そんな悟りを開くのはやめなさい。あなたはそこまで私に付き合う筋合いは――)


 ないと、話そうとした時。近くの研究室がやたら騒がしいことに気が付く。

『魔導人形研究室』――アイヴィンの研究分野だ。そういや、アイヴィンが何かの数値が云々で飛び出して行ってたっけ? 


 ちょっと気になって、覗いてみれば。部屋の真ん中のドールが、まるで生きているように瞬きしている。裸の女性だ。だけど、その豊満な胸元には赤い結晶が埋め込まれている。ゆるい癖毛を伸ばしたその年齢は三十代前半かな。


 そんな淑女をまっすぐに見つめて――研究員仲間に喝采を受けている張本人、アイヴィン=ダールは静かに涙を零していた。


「母さん……」

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