第44話 悪女、アップルパイがお気に召す。
そして放たれるは、暴力的な熱量だった。
思わず笑ってしまう。ちょーっといきなりが過ぎるんじゃないかな?
もちろん、即座に障壁を張って防がせてもらいますけど。
私が張った障壁に熱が蒸発し、じゅわっと熱気だけが室内を立ち込める。魔力の気化は少し癖のある技法なのだが、意外と使用魔力量は少ない。だからシシリーの身体にもそう負荷もなく使えたのはいいんだけど……難点は室内で使うと、蒸し風呂みたいになってしまうこと。
そんな中で、所長は「ほう……」とご満悦に顎を撫でていた。
私は容赦なく文句を飛ばす。
「ちょっと! いくら偉い人だからっていきなりはないんじゃないの⁉ 相手が私じゃなかったら丸焼き令嬢になってたんじゃないかな!」
「ははは。丸焼き令嬢……響きはなかなか可愛いですね」
見た目は全然可愛くないっての。
そう不貞腐れると、所長は笑いながらだが「すみませんね」と謝罪を述べて。パチンと指を鳴らすと、部屋の空気がほどよく冷たくなる。そしてテーブルには、お茶とポップコーンだけではなく美味しそうなケーキがやまほど置かれていた。
「これは詫びの印です。宜しければお召し上がりください」
「一応確認するけど、毒とか入れていませんよね?」
「別に今のはあなたを害そうとしたわけではありません。あなたの中に異なる魔力が混在しているようだったので、確認させてもらおうかと」
「なるほど?」
さすがは現在、魔導のトップに立つ男。魔力の察知に長けている模様だね。
……つまり、
(それって大丈夫なの⁉)
(どうかな⁉)
大丈夫かどうかは、さておいて。
私がソファに座り直し、フォークを使わず手づかみでアップルパイを頬張る。まろやかなカスタードの甘みと林檎の甘酸っぱさがちょうどいい塩梅で思わず頬が緩んじゃうね。
そんな私の対面に、所長も座って。彼はチョコレートのケーキをお上品に食べ始める。
「元よりアイヴィンがいち学生に固執し始めたという情報を僕の方でも耳にしておりまして。あの子が他人に関心を示すなど初めてのことです。親ばかだということでお許しいただきたい」
「親ばかで殺されるのも笑えないかなー」
そう横を向きながら足を組みつつも、このアップルパイは美味しい。モグモグ食べていると、「それ、僕の手作りでして」と告げられる。思わず私は視線を向けた。
「もしかして、これ全部?」
「はい、お菓子作りが趣味なんですよ」
もう、アイヴィン。もっと早く紹介してほしかった……!
などと簡単に絆されかけていると、所長は言う。
「その身体の持ち主の魔力は、言いづらいですけど人並みですよね」
「……そうね。最近までは魔力が
懐かしい響きの『枯草令嬢』。この四か月で、もうそう呼ばれることもなくなったけれど。
私は口周りを手で拭ってから、ニヤリと口角を上げる。
「もし、稀代の悪女が乗り移ってる……なんて言われたら、どうする?」
(ノーラ⁉)
もちろん、心の中のシシリーは慌て始めるけれど。
ここで下手に誤魔化しても、面倒なだけだと思うんだよね。二人分の魔力って、ようは『
でも、少なくとも目の前の所長は驚いたように目を見開いているから。
あの国王が、私のことを他者に話した様子はないってことか。そのことが知れただけでも、それなりの成果だろう。そう考えなら新しく淹れ直されたのだろう、温かい紅茶を飲んでいると、所長はなんと頭を下げてきた。
「もしそれが本当なら――どうか、アイヴィンを救ってやってください」
「……稀代の悪女に頭を下げるとか、あなたにはプライドがないの?」
「僕が面倒見始めたのは彼が八歳の頃からですが……もう、本当の子供のように愛しているのです。我が子のためなら、僕の命くらい悪魔にだって売れます」
ここまで、所長は欠片も頭を上げようとしない。
そうか、私は悪魔と同列の存在なのか……。そのことにちょっとだけ傷つきながらも、家族って不思議だなぁと、少しずれたことも考える。
子供を利用しようとするシシリーの親のような人もいれば、実の子供でもないのに命をかける親もいる。まぁ、人それぞれだと言ってしまえばそれでおしまいなのかもしれないけど。
でもとりあえず、この人から話を聞くのはそれなりに面白そうだ。
「養父ってことらしいけど、養うきっかけは?」
その問いかけに、所長は頭を上げずとも固唾を呑んだのが察せられた。
だけど、彼はしっかりと答えてくれる。
「国王陛下です。僕はアイヴィンが成長するまで『壊れないように』と保護を任されています」
その発言に、私は噴き出した。
壊れないようにって。すでに物扱い? しょせんは自分の乗り替わる器にしかすぎないと?
「あんの……クズがっ!」
罵声を吐き捨てると共に、思わずカップを投げ捨ててしまう。
だけど、所長は非難することもなく……むしろ縋るような目で私を見てきた。
「ご存知の通り、彼は王の次なる器になるべく拾われてきました。魔道に長けた幼子がいる――そんな噂一つのために、王は極秘裏に田舎の村一つを焼き払ったのです」
「どうしてそこまでする必要が」
「僕にはわかりません。ただ察するに、悲劇的な環境に仕立てて、少しでも憑依しやすくしたかったのではないでしょうか。憑依するためには、相手の承諾がいる――そのため、王はアイヴィンに『母を生き返らせる研究環境』を与え、現在も……アイヴィンはそのための研究に余念がありません」
その話に、私はため息を吐くしかない。
その話の詳細を、正直私は聞きたくない。胸糞悪い話でしかないのが明らかだからだ。
(それでも、ノーラは聞くんでしょう?)
シシリーにそう言われてしまうと、思わず泣きそうになってしまう。
この子は、本当にもう……。
私が聞けば、自分も聞く羽目になるのがわかっているっているのかな?
あんなに弱かった彼女が、ここまで勇気を出しているのだ。
私が逃げるわけにはいかないだろう。
「彼の母親を殺したのも、ヒエル殿下なんだよね?」
その疑問符に、所長はコクリと頷いた。
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