第42話 悪女、食べ歩きデートをする。
「なんかきみの出した書状、国王に揉み消されたらしいよ」
「はいっ⁉」
そんなこと話しながら、アイヴィンは「あれ美味しいんだよねぇ」と商店街の屋台で買うのは……チーズの野菜炒めかな。ベーコンと玉ねぎとじゃがいもにとろっとろのチーズがこれでもかとかけられている。簡易容器に入れられたそれを「はいっ」と手渡されて、なんとなしに食べれみれば。玉ねぎの甘さ、じゃがいものホクホク感、ベーコンの塩味が絶妙だった。そして、それを豪快に包んでいるチーズの芳醇な香りよ。……うん、たしかにこれは美味しい。食べながら看板を見れば……タルティフレットっていうんだね。
「昔はじゃがいもを食べなかったって本当?」
「あー……れっきとした観葉植物だったよ。根の部分は『悪魔の植物』と呼ばれて家畜の餌にしかならないといわれていたんだけど……八百年前の大革命時に、叡智王ヒエル=フォン=ノーウェンが食用と認めたことによって飢饉を脱したんだっけ?」
私の知識を、アイヴィンも横からタルティフレットを食べながら「よく知ってるじゃん」と上から目線で笑う。そりゃあ、こないだ歴史の授業で先生が小噺として話してましたからね。
でもそんなことよりアイヴィンさん。私の手を使って食べるのをやめましょうか。
「……近くない?」
「それ、俺が買ったんだけど」
「じゃあ、返すよ」
「あ、あれもきみ、好きだよ思うよ」
そう言って、アイヴィンはすぐに次の屋台に飛んで行ってしまう。へぇ、今度は甘い物か。丸ごと林檎をチョコレートでコーティングしてあるらしい。チョコが溶けないように周りは魔術道具で冷やしてあるみたいだね。見た目もかなり可愛いし味も気になる。
そして、アイヴィンが買ってきてくれたチョコ林檎に齧りつきながら、私は話を元に戻す。
「で、そのれっきとした王様の
「あれじゃな~い? 城にまつわる云々で困らせれば、きみが泣き付いてくるとでも思ってるんじゃないの?」
「うわー……、あの鐘っぽい形をしたやつも食べたい」
「あーはいはい、ブール・ド・ノエルね。きみ、かなりの甘党だよね」
「これでもまともな物も食べるようにしているんだよ。身体に悪いからね」
だって、この身体はシシリーのものだ。お借りしている間に太らせたり、不健康にさせるわけにはいかない。
そんなこんな話しながら、私は今更ながらまわりを見渡す。
王都の中央部にある商店街はとても賑わっている。今はちょうどランチタイム。王都にはお王立魔導研究所然り、国の主要機関が集まっている――ということは、それだけ一生懸命働いている人も多いということだ。そうした人たちがお昼ご飯くらいは気軽に、そして美味しいものでひと段落つけるようにと、こうして『王都』という仰々しい街中ながら、屋台文化が発展しているらしい。
「ちゃんと他の通りには、王都らしい気品あふれる店もたくさんあるんだけどね。ちなみに、夜はこの辺一帯が飲み屋街になる。貴族も平民もなく、昼間以上に活気があるよ」
「ちなみにアイヴィンさんは飲み歩いてないよね?」
「未成年ですから。お酒は飲んでいませんとも」
まぁ、含みある言い方は置いておいたとして。
素直に、いい街だなぁと思う。シシリーの言っている援助金然り、いざという時の対策にも抜かりない。こんな国造りを、あのクズ王が敷いているとか……なんて皮肉かな。だてにこの国の八百年を導いてきてはいないらしい。
まぁ、だからといって……この世でたった一人になろうとも、私はあいつのことが大っ嫌いだけれども。今更ながら『稀代の悪女』の異名が有難くなってくるよ。
と、自嘲した時だった。齧ろうとしていたブール・ド・ノエルというマシュマロを落としてしまう。これもチョコレートでコーティングされたマシュマロだったね。少し溶けかけていて……洋服にチョコがついてしまった。
そんな私を見て、アイヴィンが「あーあ」と笑う。
「それじゃあ、今度は洋服を見に行こうか」
「でさ、なんで私たちは自然とデートをしているのかな?」
「え、今更気が付いたの?」
もちろん、洋服もアイヴィンが買ってくれた。さすが次代賢者様。お金持ちだなー、はさておいて。シンプルながら所々に刺繍がされた直線的なワンピースはシシリーにとてもよく似合っている。中のシシリーも可愛いと大喜びだ。
そんな姿見を見ながらアイヴィンに文句を言えば、彼は苦笑していた。
「だってきみ、あのまま放っておいたら実力行使で門兵を突破しようとかしなかった?」
「そんな無理しないってば。こっそり裏から侵入しようとは思ってたけど」
「やっぱり止めに行ってよかったよ」
お? そういう発言が出てくるということは、やっぱりたまたま出くわしたわけではなく、わざわざ来てくれたということになるのかな。
「アイヴィンも暇だね?」
「これでも研究がかなりの佳境でね。好きな女のために一生懸命時間を捻出してるんだけどな~」
いやー、こんなのんびり食べ歩きしておいて、どこが忙しいのかわからないけどな?
だけどアイヴィンはやっぱり人好きする笑みを浮かべて、私に手を差し出してくる。
「というわけで、行こうか」
「どこへ?」
「王城役人への裏ルート、紹介してあげるよ」
協力してくれるんだから、やっぱり暇なんじゃないのかな――と思わないでもないけど、こちらには都合がいいので、黙って手を取る私である。
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