第40話 悪女、処理を友人にぶん投げる。


 そして翌朝。私たちは早速出発することにする。

 馬車に乗り込む前、大あくびをする私にお姉ちゃんは呆れた顔をしていた。


「あなた、本当に一睡もしませんでしたのね……」

「そりゃあ、正しい調査票とか全部ひとりで準備したんだもの。まぁ、王都までのんびりできるしさ」


 もちろん、これから向かう先は王都だ。すでに提出してしまった書類の間違いが見つかったので、その再提出を願い出る書状は昨晩のうちに出してある。それと、援助金申請の書類をまとめたりしていたら……あっという間に朝になった。


「悪酔いしても知らないからね」


 そう口悪くしながらも、こうして玄関まで迎えに来てくれるのだから……ネリアなりの何かなのだろう。適切な言葉は敢えて考えないでおくけれど。


 昨日父親に殴られた頬がすごく腫れている彼女に苦笑しながらも、私はシシリーに確認する。


(自分で直接何か言わないでいいの?)

(うん。別に今生の別れってわけでもないしね)

(ふーん)


 ネリアはギリギリまで実家にいて、今後のことを両親と相談するようだ。私たちの方は王都で手続きなどして、学校にそのまま戻る予定である。だから、彼女の再会するのは学校だ。


 そのはなむけに、私は彼女の頬に触れた。そして、小さく式を紡ぐ。


「えっ……」


 頬が温かいことに気が付いたのだろう。私が手を離したあとに、彼女が患部を自分でぺたぺた触れていた。あとで鏡を見て、大いに私に感謝するといいさ。可愛い顔は女の武器だからね。


(シシリーの顔もあとでちゃんと治すからね)

(ん、ありがとう)


 そう――出発しようとした時だ。


「シシリー様。こちらをお持ちください」


 メイドさんが渡してくるのは紙袋だった。何だろうと覗いてみれば、美味しそうなサンドイッチと共に折られた薬包紙が入っている。私が目を丸くしていると、メイドさんが「失礼します」と耳打ちしてくる。


「奥様からです。薬は酔い止めで……こちらのサンドイッチも、奥様が早起きして作られたのですよ」


 おやまぁ、とあちこち見渡せば、こっそりこちらを覗いていたシシリーママと視線が合った。やっぱりすぐに隠れてしまったけどね。


 私は懐から一枚の便せんを取り出す。


「これ、ママに渡しておいてもらえる?」


 そして、私たちは出発した。

 馬車に乗った時、二階の窓から私たちを見下ろしているパパを見つけた。

 目が遭うや否や、すぐにカーテンを閉めてしまったけど。

 ま、娘二人に反抗された惨めさを背負って、これから存分に苦労してもらいたいものである。




 ガタゴト。ガタゴト。と。

 シシリーと二人きりで乗る馬車はとても静かだ。

 なんたって、傍から見たら一人旅だからね。


(お母様、どうするのかな……)


 ママに渡したのは紹介状だった。

 ここからは少し距離のある領が、最近薬学に力を入れているらしい。薬学の研究とは、つまりは植物を育てるということだ。人手はいくらあっても困らないだろう。


 私はママの手作り薬をポイッと口に放り込んだ。これでも八百年前は医療魔法の権威だったからね。魔法が使えない人でも病や怪我を対処する方法が広まるに越したことはないから。薬学の知識も人並み以上は頭に叩き込んでいたのだ。


 ……いい出来だと思うよ。

 たとえ離婚して、女一人で生きていく武器になるくらいには。


 ついでに、私はサンドイッチも一口齧ってみる。うーん、こっちはもう少し塩分がほしいかな。薬は作れても、料理は苦手みたいだ。ま、元は令嬢ならそんなものかな。


 私は微妙なサンドイッチを飲み込んでから、「さぁ?」と肩を竦める。


(どうせ人生百年もないんだし、好きにしたらいいんじゃない?)

(もうノーラ、適当すぎ)

(私の親じゃないからね)


 私に親はいないから、シシリーの気持ちの全部はわかってあげられないけれど。

 私が提案した両親の離婚に、シシリーも特別反対しなかった。多分、それが答えである。


 でも、とくにもかくにも今、問題なのは、


(……アニータさんに怒られても知らないから)

(王都でアニータにお土産、買っておこうね)


 事前の紹介もなしに、友人に『離婚したママをよろしく!』とぶん投げてしまったことは――謹んで怒られられますとも。


 あぁ、それでも何だかんだママの面倒をみてくれるんだろうな。

 その様子を想像するだけで――今日も私の友人がとても愛い。

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