第26話 悪女、友人の応援をする。
「もう欠席した方がいいんじゃない?」
開会式が終わった直後にそう宣ってきやがりますのは、もちろん現在の天才魔導士アイヴィン=ダール様である。そのえら~い人のありがたい忠告に私は謝辞を述べた。
「お気遣いどーもありがとう。で、なんで私が嫌いなやつのためにずっと楽しみにしていたイベントを諦めなければならないと?」
「身の安全には変えられないだろう」
即答してくるアイヴィンはとても真剣である。
……本気で心配してくれているんだろうなぁ。
その真っすぐな優しさにちょっと心が揺れ動かないことはないんだけれど、
「それに楽しみって、きみの出番は最後の全員参加のクラス対抗リレーだけだろう?」
前言撤回。そうですよ、どーせ私はクラスにまともな友達が二人しかいないぼっちの寂しんぼですよ。
「でも応援するんだものっ!」
そう意気込んで行くのは、もちろんテニス会場だ。私の一番の友人アニータ=ヘルゲの応援である。女子ダブルスの試合で彼女のペアを組むのは、じわじわと友好の輪を広げている転校生ハナ=フィールド。
気合の入ったツインテールが可愛いテニス姿のアニータは眩しいものの……ハナちゃんは今日も分厚い眼鏡の三つ編み。眼鏡が邪魔じゃないのかな?
だけど、そんな私の心配が杞憂であるとすぐに判明した。
ハナちゃん、めちゃくちゃ運動神経がいい。スコートから伸びた白い脚を俊敏に動かし、どんな方向に弾が飛んで来ようとも、ものの見事に打ち返していた。アニータとのコンビネーションも見事なもので、彼女たちがポイントを入れるごとに大声援が巻き起こっている。
私が思わず見入っていると、アイヴィンが私の肩をトントンと叩いてくる。
「ほら、ヘルゲ嬢も見ての通り大健闘しているしさ? こうしてちょっとだけ試合も見たし、事情を話せばわかってくれるよ。ね、今日は一緒にサボろう。どうしようか、俺の研究室でのんびり過ごしてもいいし、いい機会だから町に出掛けるのも楽しいと――」
「いやいや待って? あなたも欠席するつもりなの⁉」
腰に手を回して私を流れるようにエスコートしようとするアイヴィンを無理やり押し離すと、アイヴィンは「もちろん」と女好きする笑みを浮かべていた。
「自分が言い出したのに、きみ一人に寂しい想いをさせるはずがないでしょ?」
「……あなた、本当に私のこと好きよね」
「何度もそう言っていると思うんだけどな~」
それでも、私はくるっと一回転。彼の手の中から抜け出しては、私は見物者の一番最前列へと走る。
「アニータああああ! がんばれええええっ!」
喉が裂けんばかりに叫ぶと、ラケットを構えていたアニータが急に唇を噛み、顔を赤らめていた。今日も私の友人がとても愛い。「そこ、うるさいですわよ!」と怒ったように私を指さしてくるから、尚更わたしはにんまりと笑みを返してしまう。
と、そんな時だった。誰かに腕を引かれる。まぁ、どうせアイヴィンだろうとなんとなく顔を上げれば――そこには思いがけない男の顔があった。
「君がシシリー=トラバスタだね?」
……どうして、国王陛下がいち落ちこぼれ生徒の名前を知っているのだろうか。
いや、シシリーとて侯爵令嬢だ。もしかしたら社交界という場で挨拶くらいしたことあるのかもれしれないけど……心の中のシシリーがブンブンと首を横に振っているから、どうやらそれもない様子。
だけど、私の腕を掴んだままの国王陛下が、にっこりと愛想笑いを浮かべてくる。
「先生方に聞いたよ。どうやら最近になって急に成績を伸ばしているそうじゃないか。頑張っているんだね。おうちの事情は色々あるだろうけど、これからは家督にとらわれない世の中づくりをしていくつもりだ。これからも未来を信じ、己を磨く努力を続けなさい」
「あ……はい、ありがとう……ございます……」
とりあえず生徒への激励のようであるから。
当たり障りない謝辞を述べてみるものの、緊張を解くわけにはいかない。
まだ、私に用があるようである。
「でも、どうやら体育祭の個人競技には参加しないようだね。健康上の理由でもあるのかい?」
「いえ、特にそういうわけでは……」
「運動が苦手とか?」
「苦手は……まぁ、苦手なんじゃないかと……」
否定したいものの、テニスでラケットがラリー相手に突撃した実績がある。
ここで見栄を張るのは得策でないとやんわり肯定し、そうそうに解放してもらおうとするのに……なぜ、国王陛下は一向に私の手を離してくださらないのだろうか。
「体育祭というのは、もちろん運動の是非を問うものだが、開催の意義はそれだけではない。たとえ苦手な者がいようとも、それをフォローし合うことこそが生徒らに課せられた参加意義だと思うのだが……違うかね?」
そう問いかけるのは、まわりの先生方らである。そう、ついつい着目し忘れていたが、国王陛下一人がフラフラと観客席にやってきたわけではない。案内の校長を含めた何名かの先生と護衛らしき騎士らがズラズラ。そんな大所帯で生徒らの観客席にやってきたのだから、当然私はテニスコート以上に注目の的である。
こんな風に目立ちたかったわけじゃないっ!
だけどシシリーの成績もあるため、なんとか文句を我慢していると、陛下の疑問符にブンブンと肯定する校長らを確認してから、国王陛下はようやく私の腕を離して両手を打った。
「なら、彼女もまた競技に参加させるべきではないだろうか? 空いている競技はないのか? それこそ、たしか彼女のクラスには他にも競技未参加の生徒がいたと思うが、彼もまた一緒に参加させてみればどうだろうか」
そんな国王陛下の善意を断ることができる公務員など、どこにいるだろうか。
「てか、学園の先生方って公務員だったんだね」
「そうだね。王立魔導研究所もそうなんだけど……この学園も国が運営しているからね。実質上のトップは国王陛下というわけだ」
「なるほど? だから、さすがの次代賢者様もご命令には逆らえないと?」
「……ま、大々的にはね」
というわけで、クラスで唯一何の競技にも参加登録していなかった私とアイヴィンは、半ば強制的に男女混合ダブルスに参加することになりまして。
……ま、それはいいんですよ。私はハナから何かに参加したかったんだから。アニータとアイヴィンに止められていただけで。
だけど、この対戦相手は聞いていない。
「ぼくが勝ったら、婚約破棄云々の発言を全て謝罪してもらうからなっ!」
コートの向こう側にいるのは、私に爆弾型花瓶を落とした疑惑が浮上しているシシリーの婚約者の……二年生の……えーと、名前はなんだっけ?
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