第25話 悪女、開幕式に出席する。
カタッとした音に視線を下ろせば、落ちてきただろう植木鉢がコロンと転がっている。助けてもらわなければ頭に直撃したのだろうと憶測しながらも、私は彼に笑みを返す。
「やぁ、アイヴィン。ちょうどいいところに!」
「絶対にその『いいところ』は助けたことじゃないよね⁉」
ため息を吐かれても、私が捜していたのは事実である。だけど一応感謝を述べようとするも……何かが気になって。植木鉢が落ちてきたバルコニーは、あの緑が生い茂るところかな? 三階? そこから落ちてきて割れてないなんて――不自然だ。
「ちょっと借りるよ!」
「えっ?」
私はアイヴィンを抱きしめ返す。そして、彼の身体から魔力を抽出し――取り出した魔力で私たちの周りに強固な障壁を張った。
……ギリギリだった。途端、植木鉢が大きく爆ぜる。破片が飛び散るのは当然のこととして、赤い業火が私たちの周りを覆いつくしていた。無論、熱は伝わってこないけど。
「……ごめん。今回ばかりは助かった」
「先に助けてもらったのはこっちだし、それはいいんだけど……さすがに笑えない威力だね」
障壁が間に合ってなければ、私たちが焼け死んでいたのは間違いないだろう。
実際、アイヴィンは悔しそうな顔をしているけど、私も植木鉢が『割れていない』ことに気が付かなければ、魔力の痕跡など感じなかった。擬態性能も含め、かなり高度な魔導爆弾だったのだろう。それも硝煙がはけてただの使用後となれば、ガラクタと一緒だが。
「きみたち無事か⁉」
無論、これだけの大爆発が起これば、慌てた教師たちが駆け寄ってくる。他に巻き込まれた生徒らは……幸いにもいない様子。じゃあ、あとの処理は先生たちに任せれば――と、ここはすべて天才魔導士アイヴィン=ダールに助けてもらったことにしようと、猫を被る準備をした時だった。
私をそっと離すやいなや、肝心のアイヴィンは何も言わず大きく跳躍する。もちろん、魔術によるジャンプなのはいいんだけど……彼が着地したのは三階。爆弾植木鉢が落ちてきたと憶測できる場所。
これは犯人を追ったのかな? どうせなら私も連れてってくれればいいのに。
だって先生の相手を適当にあしらうだけなんて退屈じゃない?
「シシリー=トラバスタ、何があったんだ⁉」
「いやぁ、それが……」
もちろん事件を隠して他の生徒らに危害が及んではいけない。
だけど大事になりすぎたら、せっかくの体育祭が中止になってしまう。
そんな二者一択を迫られながら、私は自分の都合のいいように言葉を紡いでいく。
「宣誓、我々は――」
努力の甲斐あって、無事に体育祭が幕を開けようとしていた。
グラウンドの台の前では、代表選手が来賓である国王陛下に向けて、半ば緊張した面持ちで誠心誠意力を尽くすことを誓っている。
(あれが、現国王陛下か……)
その台の上に偉そうに立つ男を、私は遠くから見上げていた。
身に付けた豪華なマントの影響もあるのだろうが、体格がいい男だ。年齢は三十代前半か。目を惹く鮮やかな金髪に、海を思わせる青い瞳。まさにナイスミドルといった見目麗しいおじさん……お兄さんである。その自信に満ちた堂々たる風貌は八百年前の想い人にとても酷似していた。
(隔世遺伝というのもあるらしいけど、さすがに似すぎじゃないかな)
(ノーラ、大丈夫……?)
心配してくる優しい同居人に、私は直接的な答えを返さず。
(シシリーは『稀代の悪女ノーラ=ノーズ』のこと、どれだけ知ってる?)
(えーと……)
偉い人の話は長い。そして退屈。
だから、その間を少しでも有意義に過ごそうと、私はシシリーに尋ねてみれば。
シシリーは語る。稀代の悪女は当時の王太子『未来の叡智王ヒエル=フォン=ノーウェン』に己の罪を暴かれたことで逆上。その手で王太子を殺そうとするも、聖女に助けられて事なきを得た王太子に当時もっとも重い刑罰、『封印の刑』に処された、と。
(その稀代の悪女が何をしたかまで、伝わっているのかな?)
(不浄の素である瘴気を増殖する研究に成功させ、この世にあらゆる厄災をもたらそうとしたと)
(それを知っていて、私のことが怖くないの?)
私がそう問いかけた時、台の上の国王はより一層言葉に力を込めていた。
「我らが偉大なる祖『叡智王ヒエル=フォン=ノーウェン』は稀代の悪女が自在に操ったという瘴気を封じ込めることに成功し、悪女自身も永久の檻に封じ込めた。我らは叡智王の知識と勇気を引き継いでいることを誇りと思い、正々堂々と己の知と武を競い合ってもらいたい。私はその勇気を全て見届けることを、ここに宣言しようっ!」
湧き上がる生徒らの声援の中で、ただシシリーだけが笑っていた。
(そりゃ怖いですよ――どこかの悪女に半日身体を貸しただけで、わたしの人生をガラッと変えられちゃったんですから)
(そっか)
つまり彼女にとっては――過去の諸々より、今の私の言動の方が怖いということ。
すごく……すごく、泣きたくなるくらい胸があたたかい。
そんな時、ツンツンと肩を叩かれる。いつの間に戻っていたのか。アイヴィン=ダールがこっそり私に耳打ちしてくる。
「さっきの犯人をまだ捕まえてはいないんだけど……逃げる後ろ姿だけは見えたんだ。きみの婚約者だったんだけど、どうする?」
その衝撃的な報告に、私は素直に驚けなかった。
大歓声を受けていた国王陛下が緩く微笑んだのち――たしかにこちらを見て、驚いたように目を見開いていたからである。
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