第24話 悪女、慈悲をもたらす。
たとえ何度聞いても、世の中には信じがたいこともある。
「本当にハナちゃんとダブルス組むの⁉」
「毎日同じこと聞かないでくださる?」
今日は体育祭当日。なんかの間違いだとか、夢だったとか……そんな淡い期待を含めて、今朝もアニータに聞いてみたところ……やっぱり私の代役を転校生ハナ=フィールドが務めることになったらしい。
朝からテニスウェアでやる気満々のアニータは髪型までいつもより可愛い。いつもより高い位置で巻き髪を纏めていた。なのに、サンドイッチを咀嚼してから私を半眼で睨みつける。
「仕方ないので何度も言いますが、別にあなたを裏切ったなどというつもりはありませんからね。もちろんい……一番の、友達はあなただと……思っていないこともないですし……」
あぁ、今日も私の友人がとても愛い。
それだけで十分幸せなんだけど、やっぱり悔しい。
どうしてよりにもよってハナちゃん? 私も定期的に話しかけるようにしているんだけど、一向に仲良くなれる気がしないんだが。
「……アニータさん、朝練の時間」
そう近づいてくるのは、渦中のハナちゃん。運動するときも分厚い眼鏡は外さないらしい。それなのに、先日練習風景を見学させてもらえば、素晴らしい動きとアニータとの連携を見せていた。相変わらず見た目にあか抜けた様子はないんだけどね。それでも歌は上手い、運動も得意、勉強もそこそこできる様子……ハイスぺックすぎるのでは?
「じゃあ、そういうことですので。応援、期待してますからね」
「はいはい。誰よりも派手に応援させていただきますとも」
こうなれば本気で光の横断幕を掲げて、ついでに花火も飛ばしてやる。
だけど、そこまでするための魔力がシシリーの身体にはまだ足りないから……魔力源となってもらえるアイヴィンを探さねば。私も席を立ったアニータたちに続いて、食堂を出る。
いつもは呼んでなくても勝手に来るのに、用がある時に限って見当たらないとか……本当に猫のような男の子だよね。
食堂にもいなければ、購買にもいない。研究室にもこっそり転移してみたけどいなかった。
(あとはどこにいると思う?)
(体育祭の当日って、朝から応援の場所取りしている生徒もいるけど……)
(アイヴィンがそんなことするかな?)
(だよね……)
そう心の中でシシリーと話しながら校舎の中からグラウンドを見た時だった。
たしかに競技ゾーンギリギリの場所にシートなどを置いている生徒が多数見られる。主に女子生徒が多いようで……まぁ、目当ての男の子を応援しようという魂胆なのだろう。それもまた青春だね。よきよき。
だけど、その中で――やっぱり蚊帳の外になってしまっているボロボロの少女が一人。彼女もまたシートを片手にその輪の中に入りたいのだろう。だけど入れてもらえず……結局は少し離れた場所にシートを敷く姿が、とても悲しげで。
(ネリア……)
心の中のシシリーがか細い声を出す。
しょうがないなぁ、と、私はグラウンドへと向かった。
「お姉ちゃん」
そう声をかけると、シシリー姉の肩が跳ねる。遠くからだと睨んでくるくせにね。近づかれると怖いらしい。少し前まで、あれだけ偉そうだったのにね。まわりの女子生徒は気合を入れて可愛い結い方をしているというのに、彼女だけボサボサの下ろしっぱなしである。
「ちょっと座ってもらえるかな」
「ど、どうしてわたくしが――」
「髪、結わいてもらいたくないの?」
こんなでもシシリーの姉。シシリー自身も、彼女と縁を切るつもりはないようだし……せめてもの情けというやつだ。ずっとシシリーに任せてきたせいで、自分で髪も整えられない彼女が、せめてスッキリとした髪型で青春の大イベントを終わらせることができるように――と、その絡まった髪を手櫛で梳かしていた時だった。
心の中のシシリーが懸命に声をかけてくる。
(わ、わたしにやらせてもらえないかな⁉)
(……もちろん)
私は即座に、身体をシシリーに明け渡す。するとシシリーは特に何も言うわけでもなく……ただただ黙って、姉の髪を梳く。その手つきはとても手慣れていて、慈しむように優しくて。だけど肝心の纏める工程で、ゴムやリボンなどが何もないことに気が付いたのだろう。自分のリボンを一つ解き、それでパパッと可愛いポニーテールを作る。
「……あとは自分で頑張ってね」
「あ、ありが……」
「ん?」
振り向いたネリアは何かを告げようとして、急に口を噤む。
「何でもないわ」
「……そっか」
それだけ言って、シシリーは恥ずかしそうに踵を返していた。
まわりの女生徒たちが私たちを見ては、何やらコソコソと話している。だけど、俯きっぱなしのシシリーはそれに気が付いているのか、いないのか。
(このまま自分で体育祭に参加する?)
(お、お任せ、したいな‼)
(はいはい)
やっぱり逃げてしまうようだが、でも直接自分で姉に声をかけたられたのはかなりの進歩だろう。現に何の種目にも参加できない体育祭を楽しむっていうのも、結構なハードルだしね。
焦らない、焦らせない、と私は身体の主導権をもらい受ける。
さてはて、私は残ったリボン一本でササッと髪を束ね直しながら、あたりをきょろきょろ。そう――派手な応援をするための助っ人として、アイヴィンを探していたのだ。こうなったら初めから彼の言う通り、ポンポンでも作っておけばよかったと後悔しながらも見渡していると、
「危ないっ!」
聞こえたのと、誰かに抱き着かれたのはほとんど同時だった。
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