第23話 悪女、なぜか危険な目に遭う。

 現在の国王の名前はスヴェイン=フォン=ソールヴァルド。

 このソールヴァルド王国の名前は八百年前と変わりなく、つまり王家の血筋が千年以上続いているということである。そのことから、諸外国から『千年王国』と畏怖されたりしているのだとか。素晴らしい統治だね。途中、十代の女の子に冤罪ふっかけたりしているくせにね。


「きみは陛下に会いたいの?」


 私がアーチェリーの弦を引いていると、今日のお目付け役アイヴィンが話しかけてくる。集中している時に話しかけてこないでってば……。ちなみにアニータには「ダブルスのペアを探さなければならないから」と今日の放課後はフラれてしまった。


 しかしまぁ、それは『シシリー』として答えればいいのか、『ノーラ』として答えればいいのか。私が腕をゆるめて半眼で見返すと、彼は得意げに指を鳴らす。


 ……無駄に防音の結界を張ったね。まぁ、どのみち他の練習生とは距離を開けていたから(私の矢がどこに飛んでいくかわからないことを危惧して、アイヴィンが手配してくれていた。ちくしょー)、特に不自然はないでしょう。


 だから、私も自然に答える。


「どちらかと言えば、会いたくないかな」

「でも歴史上、八百年前は婚約者だったんでしょ?」

「その人の祖先がね。しかも、その祖先様に封印されてますから」


 現代で生活し始めて二か月少々。王様の似顔絵くらいは拝見したことあるけれど……どことなく八百年前の婚約者を彷彿させてしまうので、私としては顔も見たくない相手である。『あなたの八百年前の祖先にボロボロに捨てられたの』なんて恨まれても、今の王様も困っちゃうだろうけどさ。

だから肩を竦めれば、アイヴィンは落としたように笑った。


「もし、八百年前の当人に会えたとしたら――」


 その時だった。一瞬目を見開いたアイヴィンが慌てて手を払う。すぐそばで聞こえたパシッとした音に振り返れば、地面に折れたアーチェリーの矢が落ちていた。


「すまない! 急に強い風が吹いて――怪我は⁉」


 離れて練習していた生徒が慌てて駆け寄ろうとするも、アイヴィンは平然と笑みを浮かべながら両手で丸を作っている。


 そのやり取りを呆然と眺めていると、アイヴィンが私の腰を抱いてきた。


「それじゃあ、次の競技を体験しに行こうか。今日みたいな強風以前に……全然弦を引けてなかったしね」

「ぐぬぬ……」


 まともに構えることすらできなかったのはごもっともなんだけど……。

 私は空を見上げた。コッペパンのようなふんわり雲は、全然その位置を移動させていない。




 その日の放課後は目まぐるしく色んなことを体験した。

 ボールを蹴ってみたり、砲丸を持ち上げて見たり、馬に乗ろうとしてみたり。


 ……結果として、私には何ひとつできなかったんだけど。

 対して、アイヴィンは手本として全てを卒なくこなしていたんだけど。


「よし、次は空き地を探そう。より大きな雷を落とした方が勝ちということで」

「いやいや、その正体隠す気のない競技どころか体育祭も関係ないし、そもそも俺ら勝負してるんじゃないからね?」


 そんなこと言いながらも、「疲れたからアイスでも食べよう~」と誘導されていた時だった。

 ふと視線に入るのは、テニスコートの隅でモジモジしている少女だった。よれよれのテニスウェアを着つつも、緑の髪もボサボサで、表情に覇気もない。……見たことある風貌だね。まさに『枯草』という二つ名がぴったり当てはまりそうな、ネリア=トラバスタ。シシリーの双子の姉である。


「居られても邪魔だから退いてもらえる? 誰もあなたとペアは組まないから」

「そうよ。あなたの妹の代わりにお膳立てとかする義理はないからね」


 ……どうやらシシリー姉、クラスメイトからハブられているらしい。今まで面倒みてくれていた妹にそっぽ向かれたわけだからね。自分ではまともな身支度一つできず、成績も落ち込んで……今までのお友達にも見捨てられてしまった様子。


 しょぼくれていた彼女も、私たちのことに気が付いたのだろう。とても恨めしそうにこちらを睨んでくるも、私は小さく笑みを返すだけ。


 だけど、シシリー当人はそんな軽く流せないらしい。


(ネリア……)

(自業自得でしょ。それとも、またあなたが枯れるまで面倒みたいの?)

(それは……)


 罪悪感を覚えているシシリーは優しいと褒めるべきか、それとも甘いと叱咤すべきか。

 彼女自身が迷っている間は私も何も手出しはしない。見て見ぬふりして「もちろんアイスは奢ってくれるんだよね?」とアイヴィンの腕を引っ張り通り過ぎようとすると、なんと他の人が声をかけてくるではないか。


 えーと、誰だっけ。この短い茶髪に青い目の少年に見覚えがないわけでもないんだけど……。その少年は堂々と私に指を突きつけてくる。


「シシリー=トラバスタ! ぼくという男がいながら、他の男に色目を使うとは何様のつもりだ⁉」

「シシリー=トラバスタ様ですが、なにか?」


 何様と聞かれたら、もちろん『シシリー=トラバスタ』であるのでそう応えるしかないだろう。だけど訊いてきた少年はこめかみをピクピクさせながら固まっているし、隣のアイヴィンは必死に笑いを堪えて引き笑いが堪えきれていないし……なんか色々おかしいな?


 仕方ないので、私はシシリー本人に訊いてみることにする。


(この少年に覚えある?)

(あの……一応わたしの婚約者の――)

(あー、いたね! そんなの‼)


 思い出した思い出した。名前は知らないけど思い出したよ。

 シシリーの婚約者の新興伯爵坊ちゃんだ。あまりにも馬鹿っぽいので婚約破棄しようとしたんだけど、いきなりそれはまずいとアニータに怒られたから、現状保留にしていたやつだ!


(ところで、シシリーはこの坊ちゃんと結婚したいの?)

(……お父様の命令だから)

(シシリーは彼のことが好き?)

(……悪い噂がいっぱいの御年配な辺境伯よりは、いいかなって……)

(よし、じゃあ在学中にもっとイイ男捕まえようね!)


 やっぱり私の方針に間違いはなかったらしい。

 そうと決まれば馬鹿よりアイスと、アイヴィンを引っ張って「それじゃあ」と立ち去ろうとしたのに。そうは問屋が卸してくれないらしい。


「貴様が不貞行為をしたとして、トラバスタ家に損害請求するぞ!」

「あ、それなら俺が立て替えるよ」


 どや顔では鼻の孔を膨らませた(元)婚約者に、あっさり言葉を返したのはアイヴィンだった。


「俺、今までの給料ほとんど使ってなくてさ。王立魔導研究所に勤めだして五年……その給料とは別に成果給もけっこうもらっているから、婚姻前の慰謝料くらい軽く出せるよ」

「へぇ、じゃあ今日のアイスも奢りでいいんだ?」

「それはいつも奢ってあげてるじゃん……」


 まぁ、別にアイヴィンが新しいシシリーの彼氏と決まったわけじゃないんだけどね。シシリーの相手にはもっと真面目で誠実な人がいいし。


 それでも、この場を流すのは申し分ないお話だろう。


「じゃあ、問題は解決だね。それじゃあ――」


 と、今度こそ立ち去ろうとした時だった。


「逃げろっ!」


 そんな誰かの声がしたかと思えば、こちらを目掛けて突っ込んでくるのはお馬さんたち。

 もちろんのごとく、顔色一つ変えないアイヴィンが私を横抱きにしたかと思いきや、そのまま浮遊して事なきを得たんだけど……。真下で大暴走中のお馬さんたちを見下ろしていると、アイヴィンがニコニコと訊いてくる。


「で? 誰にそんな恨まれているのかな?」

「これ、私のせいなの?」


 ちなみにシシリーの(元)婚約者くんは、暴走したお馬さんたちに巻き込まれて大変なことになっていたが……まぁ、すぐ騒動を知った先生たちが集まってきたし、私の知ったことじゃないかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る