第22話 悪女、テニスに挑戦する。
「シシリーは運動できたんですの?」
「あら、できないの?」
準備運動しながらアニータの質問に応えれば、彼女はとても怪訝な目を返してきた。
「ご自分のことをあたくしに訊かないでくださる?」
そりゃそーだ。でもアニータ曰く、去年までは体育祭自体参加していた印象がないとのこと。
そもそもこの体育祭は生徒全員強制参加らしいが、競技自体にはでなくてもいいらしい。個人およびクラスで優勝したあかつきには、成績補正や内申補正があるので、やる気ある生徒も多いらしいけどね。最低クラス全員参加のリレーにさえ出ておけば出席単位をもらえるんだとか。だからシシリーも最小限しか参加してなかった様子。姉の弁当作りとか、諸々のフォローで忙しかったんだって。
でも散々雑用をこなしてきたなら、シシリー人並みに運動できるんじゃないかな?
(特に運動が得意ではないけど、困ったこともないかな)
とのことですし。
「いいですの? 体育祭では魔術の使用の一切が認められていません。使用がバレた時点で退場ですわ。くれぐれもズルをしようとしてはダメよ!」
「いやいや、それ先生からの説明でも聞いたから」
わざわざ念押ししないでも、と告げるも、アニータは私にラケットを突きつけてくる。
「あたくしも言いたくて言ってるわけじゃありません! あなたが心配ばかりかけるからいけないのっ‼」
今日も可愛いアニータににやけつつも、私はシシリーに訊いてみる。
(私、そんなに心配かけるようなことしていると思う?)
(わたしはいつもビックリしてばかりだよ……)
(ごめんって)
とは言っても、真っ向から姉に抵抗したり、ろくでもない婚約者と縁を切ろうとしたり、暴走人形を撃退したり、部活中に軟禁されたくらいである。ほぼすべてが正当防衛じゃないかな。
それでも怒ったように心配してくれるアニータがやっぱり可愛いから、大人しく心配されておきましょう。
「今回は大丈夫だよ! だから一緒にテニスやることにしたんでしょ?」
「そ、そうですわ! このあたくしのパートナーを務めるんだから。元魔導テニス部のエースに、恥をかかせないでくださいましね?」
「もちろん、期待には応えてみせるよ!」
ということで、今日は勉強会の代わりに放課後のテニス特訓である。
ちなみに、このテニスという競技は八百年前にはなかったので初体験なのだが……どうやら手のひらサイズのボールを、ラケットを使って相手のコートに打ち返せばいいらしい。細かいルールは……ま、いいでしょ。多分おいおい、アニータが教えてくれる。
「それじゃあ、始めは軽くいきますわよ!」
そう言うないなや、コートの向かい側に移動したアニータがぽーんっとボールを打つ。
うん、見るからに弧を描いたゆるいボールだね。
これなら――と、気合を入れてラケットを振った時だった。
スパンッ、と。
手の中が急に軽くなる。ボールは私の後ろをトントンと弾みながら転がって行っていた。あれ、ラケットはどこにいったのかな?
「シ・シ・リ~~っ⁉」
アニータが呼ぶ声が怖い。
だけど恐る恐る振り返れば、彼女が歪な笑みを浮かべていた。なぜ、彼女がラケットを二本も持っているんだろう? 多分あれ、私用にとアニータが貸してくれたやつだ。
「もう一度チャンスを差し上げます。いいです? テニスはラケットを相手にぶつける競技ではありません。ボールをラケットで跳ね返す競技です――わかりましたわね?」
案の定、私はもう一度自分のラケットを剛速でアニータのこめかみスレスレに飛ばしてしまい――対戦相手を怪我させないため、辞退するよう強要されたのだった。
「これで諦めたら女がすたる! ほら天才魔導士さま、私でも活躍できる競技に心当たりは⁉」
「天才の使い方が雑すぎないかな?」
その次の日。やっぱり休み時間の退屈しのぎに話しかけてきたアイヴィンに尋ねてみれば、彼はやれやれとばかりに肩を竦めた。
「でも、他に何ができるの? 馬に乗った経験は?」
「記憶にはないけど馬と仲良くできる気がする!」
「俺ができないような気がするからやめておこうか。あとは剣術、アーチェリー、砲丸投げ、フットボール、バスケットボール、短距離長距離ハードル競争……うん、大人しく応援団でもしてたら? 応援だったら魔術の使用も可だから、ど派手に花火でも飛ばしてさ」
その提案も悪くはないけど……ものすごーくあやされている気がするのは気のせいかな? いや私も、身体の運動能力があっても、それを動かすセンスがないのは予想外で……。
「は、走ることはできるよ! 短距離走とか!」
「あ~、辞めた方がいいよ。前に手を繋いで走った時、すっごく遅かったもん」
それは……殺人人形に襲われた時かな?
その時、足の遅い私を懸命に引っ張ってくれた王子様に訊いてみる。
「そういうアイヴィンは何に出場するの?」
「あ~、俺は不参加」
「え?」
あら、意外。人気者なんだから、出場したらみんな喜ぶだろうに。
感想が視線だけで伝わったのだろう。アイヴィンが肩を竦めてくる。
「目立つのがね、好きじゃないんだよ。だから一緒にポンポンでも作ってあげようか」
その提案に、疑問符をあげたのは隣のアニータだった。
「あら、せっかく来賓で国王陛下がいらっしゃいますのに、アピールしないでいいんですの?」
それに、アイヴィンは一瞬間を開けてから。
いつもの綺麗だけど心無い笑みを浮かべている。
「俺、アピールなんかしなくても優秀だから」
「めちゃくちゃムカつきますわ」
なんやかんや、アニータもアイヴィンと仲良くなりつつあるらしい。
アイヴィンも私じゃなくて、アニータに興味を持てばいいのになぁと思いつつ、私はなんとなくその単語を口にした。
「国王陛下ねぇ……」
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