4章 800年前に宣戦布告

第21話 悪女、ともだち100人諦めない。


 ◆


 体育祭には、少しだけいい思い出がある。

 さすがに姉・ネリアの代わりに選手を務めることはなかったけど……ネリアの分のお弁当を作らされたのだ。侯爵令嬢なのに料理まで出来る。そんな家庭的なアピールをしたかったらしい。


 そのため、材料やその費用はネリアが用立ててくれたので、豪華な物を揃えることができた。それを使ってのお弁当作りはなかなか楽しかったし、あまりは好きにしていいというので、わたしもお昼に美味しいお弁当を食べることができたのだ。


 だけど、当然他のみんなのように、一緒に食べてくれる相手なんていない。

 それでも、ご飯が美味しい! 

 それだけで元気になれるのだから、わたしもなかなか現金である。


 そう――校舎の物陰でぽつねんとお弁当を食べていた時だった。


「美味しそうなお弁当だね?」


 わわっ、なんで話しかけてくる名前を呼ぶのもおこがましいスゴイ人次代賢者・アイヴィン=ダールっ⁉


 しかも、どこから現れたかわからないし……あれかなぁ。ぼっちを哀れんでくれているのかなぁと思いつつも、わたしはキョロキョロ。彼と話しているところがネリアにバレたら、とんでもないことになる!


 無事、ネリアの姿がないことを確認しても……この状況をどうすればいいのか。


「でも見覚えのあるお弁当だね。お姉ちゃんにも作ってあげたの?」


 うぅ、やだよ~。頭のいいひと怖いよ~。

 もちろん、その疑問符を肯定できるはずがない。


「……わたしが、作ってもらったんです……」

「ふーん。ま、どうでもいいんだけどね」


 それなら聞かないでよ⁉ と、当然文句なんて言えるはずのないわたし。

 しかも、彼はひょいとわたしのお弁当の卵焼きを摘まんでは、モグモグと食べてしまう。


 な、なんで⁉

 だけど、彼は満足げに指を舐めるだけ。


「うん、甘くて美味しいね。ご馳走様」

「あ、あの……」

「きみのお姉ちゃんが弁当食べろ食べろうるさくてさ。どうせ食べるなら、作った本人に感想を伝えるべきじゃない?」

「あ、あの……えーと……」

「どうせなら、きみが食べ終わるまで話し相手にでもなろうか。できたら友人も呼んでいい? こういう家庭的な物と縁遠いやつでさ、食わせてやったら喜ぶと思うんだよね」


 ありがた迷惑にも程があるっ‼


 しかも家庭的な物と縁遠いとか……どれだけ偉い人を連れてくるつもりなのかな⁉

 わたしがブンブンと首を横に振っていると、彼はくつくつと笑う。


「ま、きみがいいならいいや。それじゃあ、午後の競技も頑張ろうね」


 そう手を上げて、彼はまたどこかへと消える。

 急に静かになった校舎裏で、わたしはそっとため息を吐いた。


「あのひと、本当に苦手だ……」


 この時のわたしは知る由もない。

 まさか一年後の体育祭で、わたしの身体を使った『稀代の悪女』がとんでもない大騒動を起こすことになろうとは――


 ◆


「んー。何かいい手立てはないかな」

「またですの? そろそろ諦めたらいかがですか?」


 お昼休みも、食堂でアニータと食事をとりながら考える。

 その悩みは当然――ともだち百人大作戦だ。


 現に、最近転校してきたハナ=フィールドはあの観劇会を境に友達の数を増やしている様子。あの舞台はクラスからの評判もよく、今も同じ食堂でクラスメイトに囲まれて小さく笑みを浮かべていた。……羨ましい。


 訳あり転校生にできるなら私にだって、と意気込むものの、アニータがむくれてしまう。


「面白くありませんわ」

「どうして?」

「あ、あたくしだけじゃ、足りませんの⁉」


 あぁ、今日も私の友達がとても愛い――はともかく、食器を置いてしまったアニータに、私は慌てて弁明する。


「そういうつもりじゃなよ⁉ でもアニータだって、ずっと私と二人っきりも寂しいでしょ?」

「そ、そんなことはありませんわよ……」


 もう抱きしめていいかな、この子。過剰スキンシップは嫌がられてしまうんだけどさ。そこもまたいいんだよね……。


 私個人としては、アニータと二人だけでなんにも問題ない。むしろおかげ様で毎日がとても楽しいのだけど……でも、これはただのわがままだけど。アニータには『ノーラ』の友達であってほしいのだ。だけど、私は『シシリー』の友達も作らなくてはならないのだ。


 私が憑依している悪女であること、アニータに言うわけにはいかないしな……。 

 それこそ、こんな不可思議で稀有な状況に彼女を巻き込むわけにはいかない。ひとり言ってしまった相手はいるけれど……あれは別枠でいいよね。察しが良すぎたし。


 そんな風に思い出していると、彼らが食事を持って近づいてくる。


「可愛いご令嬢方。お隣いーい? 彼女の新しいお友達候補もいることだし」

「わざわざ聞き耳立てているなんて性格悪いね」

「いつもきみたちの話し声が大きすぎるんだよ」


 そう言いつつも、私たちが荷物やグラスなどを寄せれば、アイヴィンと彼の友達マークがそれぞれ私とアニータの隣に座ってくる。マークは小さな声で「ありがとう」と告げてから、私の方にも「どうも」会釈をしてきた。


 マークは朝や放課後など、アイヴィンとよく一緒にいる少年である。学園も同じ三年生で隣のクラス。私が憑依直後から『魔力が綺麗』と目を付けていた少年だ。幸運にも彼も『魔導解析クラブ』に所属しており、最近お近づきになれたのだ。


 ……といっても、討論中に少し話をするくらいだけどね。

 実際、部活中はまだシシリーの考えを私が代弁する形をとっており、まだシシリーが直接参加しているとは言い難い状況。ま、少しずつ、である。


 基本、このマーク君も口下手らしく、討論の時以外は最小限しか話さないので……やっぱり姦しく会話する相手はアイヴィン=ダールとなる。


「そういや、きみたちは出場種目決めたの?」

「出場種目?」


 私の疑問符に、アイヴィンはスパゲッティを食べながらあっさりと告げた。


「来月には体育祭があるじゃん。毎年、来週あたりに決めてなかったっけ?」

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