第27話 悪女、テニスに再挑戦する。
国王陛下の気まぐれで、私がアイヴィンと組む羽目になったことには納得もいく。
彼も私も、結局はぼっちだからだ。人気が高すぎる美男子と人気がなさすぎる女子が炙れ者という現実に違和感を覚える人も多いかもしれないけど、それが現実。人間楽しく群れるためには、何事も『そこそこ』が求められるのだろう。
とまぁ、そんな前置きはここまでにして。
肝心な問題はあれだ。なぜ、シシリーの婚約者が対戦相手なのか。
「俺の超短時間調査によると、彼にも陛下の方から声をかけたらしいよ」
「私は何も聞いていないのだけど?」
「『めっちゃ不満』と目が語ってたからね。ま、せっかくのお膳立てだからさ。ここで堂々ぶちのめしちゃうのはどう? 公衆の面前で恥かかされたら、彼も今後大人しくなるでしょ」
「ぶちのめす、ねぇ……」
本当に物理的にラケットスマッシュでぶちのめす未来しか見えないんだけど?
別に名前を覚える気のないシシリーの婚約者の鼻が潰れようがいいんだけど、彼と組んだ女子にラケットが飛ぶのはいささか可哀想である。
そう悩んでいると、アイヴィンが耳打ちしてきた。
「あのペアの子、きみの後釜を狙っているらしいよ? 彼の人間性はともかく実家は裕福だからさ。だからきみへの陰口はもちろん、上履きを隠したりしたこともあるんだとか」
「よし、それなら問題ないかな!」
そうと決まれば、話は早い。私はラケットを握った手をブンブンと回してから、それを対面コートにいる婚約者くんへ突きつける。
「そっちがその気なら、私たちが勝ったら、すっぱり私のことを諦めなさいよね!」
「ふんっ、枯草が何かをほざいたところで誰が言うことを聞くと――」
「あ、サーブこっちからだねー」
鼻息荒くする婚約者くんをよそに、アイヴィンが審判からボールを受け取る。
トントンと手慣れた様子で地面に弾ませる様子を見ると……テニスもなかなか美味いんじゃなかろうか。ただでさえ魔術の天才で美男子なのに運動もできるとか……そりゃあ、他の女生徒たちが観客としてきゃあきゃあ集まってくるというもの。その中にちゃっかり国王陛下も立っているのが何とも微妙だけど。
「よーし、それじゃあ行こうか」
アイヴィンはボールを上に投げ、ラケットを振る。
私は前を向いて、アニータに教わっていた通りラケットを両手で持ちながら腰を下げていたんだけど……いつまで経っても、打球音が聴こえてこない。ゆっくりと振り返れば、アイヴィンの足元にボールがコロコロと転がっている。あら?
「アイヴィンさん?」
「俺、実は球技って苦手なんだよね」
「はぁ⁉」
――そこからは語るまでがない。敵から攻撃を受けるだけの一方的な試合の始まりだ。
あ~、婚約者くんの高笑いが止まらない。何が悲しくて、男の高笑いを聞かなきゃいけないのか。私も必死に応戦しようとしているんだけど……どうもラケットが手から抜けないように気を付けていると、ラケットを振るのが遅れてしまうのである。
試合途中、アイヴィンが真面目な顔で提案してくる。
「……どうする? こっそり魔術使ってもいいかな?」
「いや、ルール違反はダメでしょ」
「でも……勝ちたいじゃん?」
そりゃあ私だって、あんなやつに負けたくない。謝罪なんてまっぴらである。
だけど……あくまでそれは、私の事情だ。
「あなたにはそこまでして勝つ理由もないでしょ。このまま早く試合が終わった方がむしろ得まであるんじゃない?」
「いやいや、この勝負に勝ったら、好きな女がフリーになるんだよ? 本気を出さないわけがないでしょ」
演劇部の舞台の後に、けっこうハッキリ言ったつもりなのに……。
彼の態度の気持ちは、本当一向に変わらないね。
「……あなた、ほんとに私のこと好きよね」
「この世にきみより強い女性なんていないでしょ」
「その好みはどうなの?」
私はいつもの調子で肩を竦めるけれど……本当にどうかと思うのだ。
私は稀代の悪女ノーラ=ノーズで、今を生きるシシリー=トラバスタではない。
八百年前の亡霊だ。アイヴィンは私の本当の姿も見たことがない。あのしわくちゃになった、それこそ枯草のような老婆の姿を。しかも、その亡霊は世界中に嫌われた悪女なのだ。私が封印されるときの歓声を、私は今でも思い出せる。それこそ――隣のコートで、今決勝のスマッシュを決めたハナちゃんが浴びているよりも、大きな歓声。良かったね、アニータ。無事に優勝できたんだね。
友達が、あんなに楽しそうに青春しているのだから。私だって、今度は純粋に私を讃えてくれる歓声を浴びてみたい。素直に羨ましいもの。
「……私だってめちゃくちゃ勝ちたいよ」
だって――と、私は両手を腰に当てて、鼻を高くしている婚約者くんを睨む。
「ルール違反しているやつに負けるの、癪だよね」
「お、やっぱり気が付いていた?」
ニヤリと笑ったアイヴィンに、私は頷く。
あいつら、堂々と魔術を使ってズルしているのだ。
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