第18話 悪女、閉じ込められる。
だけど、ずるい人に限って引き際の見極めが下手なものある。
「あれ、主役のコがどこにいるか知ってる?」
本番直前、舞台袖では裏方たちが汗水たらして作業中。メインの演者は入念な身支度をしており……私みたいな裏方(+モブ)みたいな役は、本番が始まってから慌てて着替える予定。
なので私も今は裏方として作業しながら、素知らぬ顔で疑問符を大きく飛ばしてみれば――昨日倉庫で陰口を叩いていた一年生たちの肩が跳ねた。……やっちゃったらしいね?
実際、何も知らない部員らからは「着替えているんじゃないのー」なんて呑気な声が返ってくるので、私は「様子を見てきまーす」と場所を離れた。もちろん主役を助けに行くのだ。
(昨日のうちに止めさせておくべきだったんじゃ……)
(下手に逆上されて、強硬手段に出られたらと思うとねー)
シシリーの言う通り、事前に防ぐ手段はいくらでもあっただろう。それこそ、部長にでも告げ口して、彼女たちを出禁にしても良かったのだが……ここは学校だからね。いい子も悪い子も、総じて成長する機会が与えられるべし、なんて思ってしまったのだ。年寄りの奢りかな。
実際、作戦の一部始終を聞いていた手前、どうにでもなると思ったのも事実である。
「おーい、主役がこんな所で何しているのー?」
「この辺の視聴覚室で衣装に着替えるって聞いたんですけど、どこかわからなくなっちゃって」
案の定、ヒロインが人気のない旧校舎でうろうろしていた。そりゃあ迷子にもなっちゃうよね。肝心の衣装が置いてあるはずの教室から、衣装を動かしておいたのは私だし。ついでに『視聴覚室』の看板を外しておいたのも私だ。新入生が迷うのも当然だよね。
私はにっこり笑って反対方向を指さす。
「あー、場所が変わったって言ってたよ。いつもの部室でみんな着替えているはずだから、急いだほうがいいかも」
「はい、ありがとうございます!」
安心したように笑って、パタパタと駆けていくヒロインちゃん。あー可愛い。あんな子を泣かそうとする子がヒロインになれるはずがないのにね。心の醜さは顔に出るものだよ。
「じゃあ、あとは――」
私は看板が外れた視聴覚室に入る。要らぬ疑いをかけられないために、外した看板を教室の中に置いておいたのだ。悪戯がバレる前に戻しておかないとね。
そう――足を踏み入れた時だった。
カチッと、鍵がかかるような音が響く。途端、周囲が急激に静かになった。だけど横開きの扉の鍵を締めたところで、こんな大きな音は鳴らないだろう。これは魔術が発動した音だ。
「おっ?」
急いで扉を開けようとするも、やっぱりビクとも動かない。後ろの扉も同様。窓の外を見ても、薄っすら青白い鎖が絡みついているような文様が見える。
「これは閉じ込められたね!」
(ええ~~っ⁉)
心の中のシシリーがいい反応をくれる。彼女もオバケ生活が気に入っていると言っていたけど、いつでもお喋りできる相手がいるというのは私も嬉しい。八百年間ずっと独りぼっちだったからさ。
私は魔術の鎖をマジマジと観察する。
「えーと、範囲はこの教室だけみたいだね。外界から隔離して封じ込める術式かな……魔力規模もそこそこだし、一介の学生、しかも新入生が扱えるレベルじゃないと思うよ。下手したら禁術クラスじゃないかな。あの子たち実は将来有望なのかもね」
(ほ、褒めてる場合なの⁉)
「いやー、ついつい。それで……ほうほう。音も遮断して助けも呼べないようにしたと。だけど……はあ、面倒なことしてくれたもので」
(え、なになに、どうしたの⁉)
慌てるシシリーに、私は苦笑を返す。そして魔術式の該当箇所を指さした。
「ここ、読める?」
(えーっと……)
その箇所をシシリーも凝視する。口をぽかんと開けている横顔が可愛らしいけど……ただでさえ透明なのに、どんどん青白くなっていくからしっかりと読めたのだろう。有能有能。
だけど私が今ここで褒めたところで、彼女は喜ばないだろう。
なぜなら、ちょっとピンチだからだ。
(空気の……遮断……⁉)
「急いでここを出ないと、私たち酸欠で死んじゃうね!」
(解除って……)
当然、魔術の解除には魔力を使う。
しかも一見するに、魔術の式がかなり複雑に絡み合っていた。これは意図的ではなく……偶発的なものだろう。無理やり難しい術式を使おうとして、なんとか発動したはいいけどぐちゃぐちゃになってしまったのだ。イメージでいうなら……糸が規則的に編まれた布ではなく、ただぐちゃぐちゃに絡まっているような感じかな。ここから抜け出すためには、その絡まった糸を綺麗に解かなくてはならない。
私も扱いに慣れてきたとはいえシシリーの少ない魔力量だ。無理やり焼き切るには足りないだろう。この封鎖空間で、外から私の魔力を呼ぶのも不可能。
ちまちまと、少しずつ解除していくしかないね。
(それじゃあ、始めようか)
ごちゃごちゃ言っていても問題は解決しない。
空気が減らないように喋るのは止めにして、私は解除に集中する。教室中に絡まった糸を、少しずつ、少しずつ緩めて解いていくイメージだ。糸の端を小さな穴にくぐらせて、少しずっつ、少しずつ……。
時間は刻々と進んでいく。ため息ひとつ吐く間も惜しいのに、人間単純作業への集中力なんて、そう長く続かないものだ。それでも根気強く進めなければ……私の甘さで、シシリーを殺してしまうことになる!
……だけど焦れば焦るほど、息苦しくなっていく。
これ、外から空気は取り入れないのに、外には出て行ってしまっているのでは?
これだから素人が! と怒りたくなるほど杜撰な魔術に辟易している暇もないのに。
「あー、間違ったっ!」
焦りが手元を狂わせる。
私は十手順前まで戻ろうとした時、今まで黙っていたシシリーが言った。
(そこ、水の属性値を三まで落とせるかな?)
「え?」
(そうしたら、次はこっち。風を五まで上げてから、こっちの火をゼロに切る。するとこっちの水が十二まで上がっているから、そのあとこっちを――)
それは、私が愛した魔法の概念とは違った見方だった。魔法をすべて数値化して、誰もが扱えるようにしたもの――魔術。その概念の元、彼女は先々まで見通した数式を私に提示する。
だけど、私が答えずにいたら怖くなったらしい。
(あ、わたしなんかが余計な口出ししてごめんなさい……)
(ううん。ちょっと待ってね)
私はシシリーの指示通りに、属性値を操作する。少しずつ、少しずつ。だけど大局を見せれば、私はちまちま糸を解いていたより、圧倒的に早く式が整理され始める。
(よし。シシリー、続けて)
私が小さく息を吐くと、シシリーの声は少し弾んでいるように聞こえた。
(……うんっ!)
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