第17話 悪女、野次馬根性を出す。
(ねぇ、シシリー。今どきの男の子って、女の子にフラれて泣き去るのがカッコいいとされていたりするのかな?)
(そんなことは……ないと思うよ?)
(だよねー)
どうにも昨日見た光景が忘れられない。
如何にも『モテます』と言わんばかりのアイヴィン=ダールが、なぜ転校生にフラれて泣いていたのか。あいつはあれか? 初見の女性全員にアタックしなければならない本能でもあるのか。それは別にいいとしても……私も結構散々な扱いしてきたと思うけど、それを上回るフラれ方をしたのか。ハナちゃんに玉砕したのか。
それって……私と一緒じゃないかな!
「どうした、シシリー=トラバスタ。わからないところでもあるのか?」
ちなみに今は授業中である。科目は歴史。ちょうど……八百年前の『破滅戦争』における部分だ。壮大な名前が付いているとは言え、決して世界が破滅したわけではない。瘴気による疫病や自然災害、そして貧困や食糧不足による戦争などで、大陸各地で争いが絶えなかった時代のことである。
最終的には、それらの発端である瘴気を生んだのが『稀代の悪女・ノーラ=ノーズ』で、そんな悪女を封印し、世界に平和をもたらした救世主が『叡智王ヒエル=フォン=ノーウェン』。稀代の悪女は婚約者であったヒエル王の高い知能と能力に対してずっと嫉妬しており、あげくに王と並び立つ聖女が現れたから、私怨を拗らせ悪行に及んだんだってさ。この戦争のもう一つの名前が『失恋戦争』なんて呼ばれているんだから……なんとも愉快なお話だね。
それはともかく、ずーっと悶々と悩んでいた私を気に掛けてくれる先生、やはり有能教師では? そんな先生からの親切に甘えるのも生徒の本分というものだろう。
「先生は女性に振られて泣くほど悲しい時、友人に何をされたら嬉しいですか?」
「……そういう質問は放課後に受付けよう」
そんなこんなで、鐘が鳴る。今日の授業はこれでおしまいだ。
さて、明日は新入生披露観劇会の本番である。リハーサルだ!
「それじゃあアニータ、部活に行って――」
そう意気込んで、アニータに挨拶しようとした時だった。
やたら黒い笑顔を浮かべたアイヴィン=ダールがずんずんと近づいてくる。
「ちょっといいかな?」
無理やり連れて来られた場所は屋上だった。
「俺はあの子にフラれてなんかないからね!」
「無理しなくていいよ。色男だからこそ、失恋の一つや二つは経験しておくものでしょ」
そうかそうか。普段気取ったアイヴィンもフラれたことが恥ずかしいのか……まだまだ男の子だね。可愛いね。初々しいね。そう八百歳年上の貫禄で彼をあたたかく見つめると、彼はうんざりとばかりにため息を吐いた。
「……そもそも、俺はきみに興味があるって言っていたと思うんだけど」
「『稀代の悪女・ノーラ=ノーズ』に?」
彼は敢えてそのことに触れないようにしてくれている節があるけど。私から踏み込んでみせれば、彼はどこか暗い顔をしてみせた。
「その『稀代の悪女』の異名は本当なの?」
「信じてくれてないんだ?」
「そういうわけじゃないよ。でも正直……きみは十分変わった子だとは思うけど、悪女と言われるような女だとは思えなくてね」
つまり……授業で習うような悪行を本当にしたのかって聞きたいのかな。
その質問に、私はにっこりと答える。
「八百年前の真実なんて、誰も喜ばないでしょ」
そう――誰も喜ばない。『ノーラ=ノーズ』は失恋の腹いせに世界を滅ぼそうとした魔女なのだ。教科書にそう書かれてあるのだから……それが、あの時代に生きた人々が『ノーラ=ノーズ』に望んだこと。それでいい。八百年前の人間が、今まで紡がれた歴史に口出しする権利なんかない。
私はパンッと両手を打ち合わせる。
「まぁ、私の話はともかく! 今日は忙しいけどさ、明日さえ終わっちゃえば時間もできるから。憂さ晴らしくらいなら付き合ってあげるよ!」
「だから俺、あのコにフラれるどころか告白もしてないからね⁉」
「じゃあは何を話していたの?」
そこまで否定するならと問いかければ、アイヴィンは視線を落として。
そして、どこか恨めしそうな目を返してきた。
「……秘密」
そして、いざリハーサル準備だ。新人は誰よりも働かないと!
そんな折、珍しくシシリーから話しかけてくる。
(ノーラ、大丈夫?)
(あら、ようやく名前を呼んでくれるようになったね!)
(……そんな意地悪言うなら、もう呼ばない)
拗ねるようになった愛らしい心の相棒に、私は小さく笑って。
現実の舞台袖で小道具の確認をしながら答える。
(大丈夫だよ。シシリーもごめんね)
(なにが?)
(稀代の悪女なんかが身体乗っ取っちゃって)
稀代の悪女なんて小心者の彼女からしたら、相当怖かったはず。
今更ながらにそのことを謝れば、今度はシシリーが小さく笑った。
(このオバケ生活、実はちょっと気に入ってるんだ)
(ん、そっか)
本当はこんな現状に満足していちゃいけないのだろうけど。
少しずつ気分が晴れているなら。存分に人生のリハビリに私を利用すればいい。
私の出番は本当に最後の一幕だけだ。だからそれまでは着替えの手伝いなり、小道具の管理なりの裏方作業をするよう割り当てられているのだが、
「あ、扇が一本足りないので探してくるね!」
「了解ですー」
近くの後輩に声をかけて、私は舞台袖から作業部屋へと戻る。ギリギリまで空き教室で作業していたのだ。いくら貴族の学校とて部費が潤沢にあるわけではない。ギリギリの部費や備品でやり繰りするのも教育の一環とのこと。お金に甘やかさない、いい方針だね。
なので、私がパタパタと教室まで戻っていると。
人がいないはずの教室から、声が聴こえてくる。
「男爵令嬢のくせに主役とかばっかじゃないの! 絶対色目使ったんだって!」
「しかも三年の転校生まで演者に出しゃばってくるとか……今年色々とおかしいんじゃないの」
そう憤っているのは……赤いリボンの一年生が二人。主役を狙っていたのかな? あの「婚約者が大好き」と公言していた部長が後輩の色目に負けるとは思えないけどね。実際にあの子、すごく歌が上手だったし。……三年が出しゃばって、というのは代わりに謝ってもいいとして。
まぁ、裏で陰口もまた青春だろうと、素知らぬ顔で入ろうとした時だった。
彼女らはとんでもないことを言い始める。
「本番の前にあいつ閉じ込めちゃおうか。そうしたら……わたしたちのどちらかが代役で出られるかもしれないしね」
おーと、これは看過できないことを言い出したね?
私は静かに話の最後まで耳を立てる。
作戦を聞くだけ聞いたタイミングで、私は扉を開けた。
「あら、扇以外にも何か忘れ物あったのかな?」
私はにっこり後輩らに向かって微笑む。
これで私に話を聞かれたとわかって、企画倒れになってくれたらいいんだけど……ね。
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