第16話 悪女、諦めない。

 諦めないと言っても、別にワガママを言おうというわけじゃない。

 そりゃあ、歌姫として大勢の前で歌ってみたかったのは事実だけど……演劇というのは、演者だけで作るものではないのだ。


「裏方でいいので働かせてもらえないでしょうか!」

「うーん……もちろん、手伝ってもらえるのは嬉しいんだけどさ……」


 私は演劇部の部長に対して頭を下げる。


「噂からお節介されても迷惑かもしれないけど……トラバスタ嬢は勉強や就活の方は大丈夫なのか?」


 クラスが違うとはいえ、部長は三年生。シシリーも三年生。来年の今頃は学生という身分を脱いで、社会という荒波で揉まれている頃である。


「自分も含めて、今も部活をやっている三年生は皆、将来は家の跡を継ぐとか、すでに嫁ぎ先が決まっているとか、そんな奴らばかりだから。でもトラバスタ嬢ってさ、こないだ廊下で二年生の婚約者と揉めてなかった? 家族仲もいい噂聞かないし……大丈夫?」


 やっぱりこの部長、とても気遣いができる男性のようだね。

 どうやら部長は嫡男らしく、就職活動の必要がないタイプのようだ。ますますシシリーの相手として有望なのでは? そんなことを考えながらも、私は毅然と彼の心配を解消する。


「不仲だからこそ、新しい人脈を広げる機会を頂戴したいと思っています。ちなみに部長は将来のお相手は決まっているのかな?」

「はは、大好きな許嫁がいるから自分は勘弁してね」


 私の上目遣いの軽いお誘いを、彼も笑っていなしてくれる。ちぇっ、いい男だと思ったのに。と、「残念」と肩を竦めてから、私はあっさりと本題へ戻る。


「成績の方も心配しないでくださいな。今までがちょっと特殊で……ようやく自分のことに集中できそうだから、どーとでもなると思います。もちろん、それで部の方に迷惑がかかるようならすぐに辞めますし。もちろん所構わず殿方を口説くつもりもないから」


 私が片目を閉じてみせれば、部長も苦笑を返してくれた。


「まぁ、そこまで言うなら……でも、三年生でいきなり入って居心地は悪いだろうし、無理しないでいいからな」


 その日から、私はさっそく裏方仕事の手伝いを始めた。

 部長の心配通り、本当に私は腫れもの扱い。三年生の新人ってだけじゃなく、昨日の『呪歌』の話も広まっているようでね。学年問わず、みんな私に声をかけられるたびにビクビクしている。


 結局、ヒロインである歌姫には一緒にオーディションに参加していた一年生が選ばれたらしい。そして、その友人役を三年・転校生のハナちゃんが務めるということだ。実際、練習風景を除いてみれば、ハナちゃんも慎ましながらいい声で歌っている。うわぁ、ますますお近づきになりたい! だけど案の定、話しかけたら「余計なお世話です」と跳ね除けされた。なぜここまで嫌われるのか、一周回って不思議なものである。


 実際、他の部員たちに笑顔で積極的に手伝いを願い出ていたら……三日くらいで、みんなも慣れてくれた。一週間経った今では一緒にペンキを塗りながら「噂の歌、聞かせてもらえませんか?」なんて言い出す勇気ある一年生が現れる始末だ。


 なので、期待に応えようと立ち上がった時だった。


「トラバスタ嬢、モブ役で良ければ舞台出るかー?」


 そう声をかけてくるのは、部長である。

 思わず振り返れば、部長は台本片手にニコニコと笑っていた。


「台詞もない合唱要員なんだけど、声量が足りないから人数を追加しようと思ってな。そんなでも良ければ――」

「出ますっ!」


 私が前のめりの肯定をすれば、部長が「気合入れすぎて観客を呪わないでくれよ?」と悪い顔をする。それにペンキを塗っていた一年生たちもワッと湧き出した。




「演劇部、上手く行っているみたいだね」

「おかげさまで。劇に出ると言っても名前もない端役だから、半分以上大道具の手伝いをしているんだけどさ」


 その日の授業が終わって、私はいそいそと鞄に荷物をしまう。そんな中で呑気に話しかけてくる邪魔者がアイヴィンである。だけど、そんな彼の向かいで、


「せっかくわたくしの部活が落ち着いたというのに、少々嫉妬しちゃいますわね」


 隣の席のアニータが、そんなことをボソッと呟くものだから……思わず私が抱きしめてしまうのも致し方ないことだろう。


「ごめんね! あと二日で一山終わるから! そうしたらいっぱい遊ぼうね!」

「遊びませんわ! 勉強、魔術の勉強に決まっているでしょう! もうっ、暑苦しいから早く離れなさいっ‼」


 そう二人の世界に入っていると、アイヴィンが口を挟んでくる。

 

「それじゃあヘルゲ嬢。明後日の本番、一緒に観に行こうよ」

「えっ⁉」


 突然のお誘いに驚くアニータ。私のまわりをウロチョロしているから、アニータもアイヴィンと多少は面識が増えた様子だったが……これと言って二人が会話するところを、この数週間未だ見たことがなかった。……というかアイヴィンもアニータも、クラスでは孤立主義だったようだけどね。


「俺が一人で観に行くって言っても、きみはまったく喜んでくれないでしょう?」

「あなた一人でも愛想笑いで謝辞くらい述べてあげたと思うけど……アニータも来てくれたら、ものすごく嬉しいかな!」


 アイヴィンからすれば、別に嫌っていたわけではない様子。それに……アニータは将来、アイヴィンの務める王立魔導研究所という所に就職したいと思っているのだ。この縁を結ばない道理はない。


 だけど……アニータにはそんな打算的な顔が見えなかった。


「……別に、誰に誘われなくても行くつもりでしたけど」


 彼女は顔を背ける。さらに耳まで赤くするものだから。

 拗ねるアニータがますます可愛くて、私がますます強く抱きしめたのは語るまでもない。




 そうして、ますます気合を入れて今日も準備を進めようと張り切っていた時だ。

 本番間近ということで、衣装係の手がギリギリらしい。今も余り布を探してきてほしいと、慌てて倉庫へ向かっていた時だった。


「こんなの、信じられるはずがないだろう!」


 ……この怒声、聞いたことあるね?

 ふと、普段は目立たない階段下のスペースに目を向けると……そこから走り去るのは、涙を流したアイヴィン=ダール。


 え、どういう状況⁉


 しかもその場に取り残されていたのは……涼しい顔をした転校生・ハナ=フィールドだったのだ。

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