第19話 悪女、美味しい所を取られる。


 そして、数時間後。


「だっしゅーっつ!」


 新鮮な空気が美味しい!

 私たちは無事に視聴覚室から脱出した。もう空はオレンジ色に染まっている。


 これは……もう舞台は閉幕しちゃったかな。ヒロインは無事に舞台に出れただろうか。私も……せっかく端役、もらえたのにな。


(ノーラ……)

(ううん、大丈夫だよ。でもちょっと腹にきているから、あの後輩たちに嫌味のひとつくらい――)


 ――言いに行こうか、と、シシリーに提案しようとした時だった。


「――いたっ!」


 急に人の気配が膨らむ。突如転移してきたのは、現代の天才魔術師アイヴィン=ダールだ。そういや彼とアニータも舞台を観に来てくれていたはずだよね。悪いことしちゃったかな。


 その罪悪感を隠すように、私は笑みを作る。


「やぁ、アイヴィン。いきなり転移してくるとかどうした――」

「きみを探していたに決まってるだろう! 今までどこに行ってたんだ! 開幕前に挨拶しに行っても誰も行方を知らないというし、学校中の気配を探してもきみの魔力だけ探知できないし……」


 おやおや、どうやら天才が天才ゆえの技術をつかって探してくれていたらしい。でも無駄に強固な結界内に閉じ込められていたから、外からじゃ探知できなかった様子。申し訳ないね。そんな大それた存在でも無かろうにと思いながらも、私は「ありがとう」と感謝を告げた。


「見ての通り無事だから。じゃあ、ちょっと結界に閉じ込めてくれた犯人に仕返ししてくるから、またあとで――」


 と、彼の横を通り過ぎようとすると。なぜか、アイヴィンに手を掴まれる。


「そんなの後回し。ヘルデ嬢が心配している。腹いせは好きにしたらいいけど、ひとまず彼女を安心させてやれ。泣いてたぞ」

「……そうだね」


 彼は魔術師のはずなのに、どうにも握力が強いらしい。それに……アニータを泣かせるなんて、我ながらなんて悪女っぷりだろう。許されないレベルだね。


 アイヴィンの手に引かれながら舞台会場に赴けば。私の姿を見るやいなや、目を真っ赤にしたアニータが飛びついてきた。アイヴィンが外を探していた分、アニータは「シシリーのことだから、当たり前のように舞台に登場するのでは?」と、ひとり食い入るように舞台を凝視していたらしい。


 私が「舞台どうだった?」と呑気に聞いたら「馬鹿じゃないのですの⁉」とめちゃくちゃ怒られてしまったが。あぁ、今日も私の友人がとても愛い。


 そして、今度こそわるいこに折檻しに行こうとした時である。


「あなたは人が良すぎですわ。その手の者たちに正面から文句を言ったところで効果があると思いますの?」


 どうやら私以上に、アニータの逆鱗に触れていたらしい。彼女は雰囲気よく打ち上げムードだった演劇部の部室に乗り込んでは「そちらの部員の悪行についてお話があるんですけれど」と堂々部長を呼び出した。そして私の代わりに事のあらましを説明すれば、顎をあげて言い放つ。


「そちらの責任者自ら顧問に相談しない場合、あたくしの方からお話に参ります。宜しいですね?」


 有無を言わせない圧力に、部長は当然「自分から報告します」と頷いて。

 結果として、即座にわるいこ二名はお呼び出し。部長と顧問に引率され、件の視聴覚室も調査された。ちなみに王立魔導師研究所の現役職員でもあるアイヴィン=ダールも調査協力する徹底ぶりである。


「ところで、きみは罠に気が付けなかったの?」

「……いち学生に過大な期待をしすぎだよ。学生の悪戯でこんな高度な術式が使われているなんて思わなかったし」

「なるほどね」


 調査の結果、やはり密室化の術式は禁術指定されているものだったとのこと。わるいこ達はとある人物からこの術式の簡易設置法を教わり、その通りに展開したとのことだが――その教授元を、彼女たちも誰だかわかっていないらしい。


「緑のリボンをつけていた三年生ってことしかわかりません! そもそも禁術だってことすら知らなかったのにっ!」


 泣き叫ぼうが時はすでに遅し。彼女らは入学して間もなかったものの、すぐに退学が決まるだろうとのこと。もちろん、その教授元もこれから調査するということだ。だけど彼女たちの話しぶりからして認識齟齬の術式が使われている恐れがあるらしく、調査結果にはあまり期待ができないとのこと。


 ともあれ、此度の事件もあまりスッキリしない展開で終幕してしまった。

 なぜスッキリしないかって? それは諸悪の根源が捕まらなかったからではない。


「……私、何もしないで復讐が終わってしまったんだけど?」

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