第10話 悪女、人形と遊ぶ①

「ずいぶん可愛い趣味があるね?」


 掴まれた腕は痛いけど、制服越しだから痣ができるほどではない。

 だから人形の行方を説いてくる学園の王子様に口角を上げれば、彼は舌打ちした。


「……場所を変えよう」


 そう、アイヴィン=ダールが指を鳴らせば。

 少しの浮遊感と共に景色が変わる。転移魔術だね。窓の外を見やるに、ここも校舎の一角のようだ。扉がない薄暗い小部屋。薬品独特の匂いに、おびただしい数のマネキン人形。足元で赤く光る魔法陣には転移の術式が刻まれている。その使用者の部分に描かれた文字は『アイヴィン=ダール』。


 それらから推察するに、ここは学園内で彼が間借りしている研究室といったところだろう。部外者が簡単に入れないように、転移魔術以外では入れないようにしているようである。


「なかなかイイ趣味してるねー。ドールが専門なんだ?」

「本当は転移されたことに驚くとか、このドールを見て怖がるとか……そんな反応を期待してたんだけどな」


 苦笑するやいなや、彼は胸元から小型のナイフを取り出す。腰を引き寄せられたかと思えば、その銀色の刃が首元に添えられた。私の喉が自然と「ヒュッ」と音を鳴らす。


「……天才魔術師さまがナイフなんて、芸が足りないんじゃない?」

「生憎、これでも労率主義なもんでね。人を脅すには刃物が一番効果的なんだよ」


 そりゃあ、ずいぶんと場慣れしたお考えだこと。

 たとえ『ノーラ』が死んだとて、『この身体シシリー』を殺させるわけにはいかない。だから、


「キリングドールをどこへやった。あれは世に出していいものじゃない」


 その冷たい問いかけに、私は慎重に答えた。


「知っらなーい! 自分の不始末を勝手に押し付けないでくれる?」

「はっ……この後に及んでシラを切るつもりかっ‼」


 シラを切るもなにも、本当に何も知らないし。

 ま、さしずめ彼からすれば、ここ数日で一番不信な人物が私だったのだろう。そりゃそーだよね。ずっとウジウジしていた(らしい)枯草令嬢が、急にすくすく葉を伸ばして自己主張を始めたんだもの。彼が私のまわりを付きまとっていたのも、その辺の調査も兼ねていたんじゃないかな。本当に外に流出したら大変なモノを研究していたようだものね?


 私は首元のナイフを気にせず、あごに指を当てて周りのドールたちを見渡す。


「しかしキリングドールね……そんな物騒なもの研究して、戦争でも始めるつもり?」


 殺人人形キリングドール――それは八百年前にも研究・開発されていたが、すぐに打ち切られることになった人型人形兵器のことである。開発が中止になった理由はコスト面や耐久面などもあるが、一番の理由は道徳的な面が大きかったはずだ。


 私の軽い問いかけに、アイヴィンは声は固い。


「研究の途中で偶然出来上がった模造品レプリカだ。完成したのは三日前で、まだ研究所に報告もしてないから動作試験も何もしていない。だから攻撃性能や耐久性は低いはずだが……代わりに制御面も弱い」

「つまりどうせ暴走してもすぐに壊れて問題ないけど、ほぼ無力な生徒が多い学校の中じゃ危ないってわけね」

「そこまでわかっていてどういう魂胆だ! 学生を人質にとったテロが目的か⁉」

「いやぁ、だから本当に何も知らないんだってばー。とりあえずさっさと他を探すべきだと思うよ? 私も手伝うから――」


 その時、爆音が鼓膜を揺るがした。壁に空いた大穴。その先には女性型のドールが無機質な赤い相貌をギラギラさせている。


「あら、いい子。ちゃんと自分で戻ってきたよ」

「くそっ、おまえの狙いは俺か!」

「私じゃないけど、まー恨まれそうな性格はしてるよね?」


 だって一見女性好きの色男かと思えば、心にもない相手に対してはかなり容赦ないよね? いつの世も愛と憎しみは紙一重的事件は尽きないものである。


 そんな戯言を吐いていると、ドールの瞳が再び光り出す。八百年前の言葉で例えるなら『目からビーム』。まさにそんな攻撃的な光線が床から私たちへと伸びてきて。


 ナイフを投げ捨てたアイヴィンが舌打ちとともに私に背を向けて両手を掲げた。光線が彼の手の前で形成された透明な盾に弾かれる。余波で燃えていくマネキンドールを見ると……あれらはただの物なのに、どうしても胸が苦しくなるね。


 だけど、そんな感傷に浸る間もなく、私はアイヴィンに腕を引かれる。


「え?」

「マネキン共々心中するつもりか⁉ たとえ犯人だろうと、好みの女を無駄死にさせる趣味はないんでね。ちゃんと裁かれて牢に入ってくれ!」

「いや、だから犯人は私じゃないからね?」


 勘違いは甚だしいけど、どうやら私のことは守ってくれるらしい。

 彼に連れられるがまま、キリングドールの横を通り抜けて外へ。そのままアイヴィンが向かうのはグラウンドだ。放課後の部活動中の生徒たちが迷惑そうにこちらを見るも――追ってきた人型破壊装置に悲鳴をあげて逃げていく。


「俺の背中から絶対に離れるなよ!」


 そうして彼がブツブツと詠唱し始めた呪文は、私の知らないものだった。だけど使われるキーワードからに、かなり攻撃的な魔術だと窺える。一撃で終わらせるつもりなのだろう。


 へぇ、その年で凄いねー。

 これなら安心して任せられるだろうと、私はか弱いヒロインに徹しようとした時だった。


「アイヴィン様ああああ♡」

(ネリア……⁉)


 その場違いの黄色い声に、心の中のシシリーがいち早く反応する。

 彼女はなんて呑気なのか、今にも『目からビーム』しようするドールに気付かず、手を振りながら女の子走りで近づいてくるではないか。


「ばかっ……!」


 とっさに終わりかけていたアイヴィンの術が中断される。代わりにドールの首もギュインと動き、近づいてきたネリアに向かって、目に集めていた魔力を放とうとして――


(――ダメっ‼)

(シシリー、やめなさいっ!)


 私の身体が勝手に・・・走り出す。

 慌てるアイヴィンの横を駆け抜け、ネリアを庇うかのように抱きついたかと思うと――背後で大きく膨らむ魔力の気配を感じた。

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