第11話 悪女、人形と遊ぶ②
(なんでこんなやつを庇うの⁉)
シシリーの意識が、私の意識を無視して身体を動かした。
心の中でもはっきりをモノを言わない子だったのに……。
そんな、彼女の強い想いが私の中に溢れてくる――……
◆
それは、どこかの貴族のお屋敷だった。
愕然と顔を真っ青にしている四、五歳の幼女の前で、父親が怒気を露わにしている。
『あぁ、嘆かわしい。どうしておまえの魔力はあんなに少ないんだ。本当に我が子とは思えん。双子のネリアはちゃんと人並み以上あったのに……トラバスタ家の恥さらしがっ‼』
父親のかけたお茶が、怯えた幼女に掛かる。
だけど父親はもちろん、その隣で震えているだけの母親らしき女性も、まわりで見ている使用人らも、誰も彼女に駆け寄ろうとしない。心配しようとしない。
震えた幼女は、ただただ父親の暴言に耐えていた。
『こんな『魔力なし』を我が家に置いておくなど……そうだ。病にでもかかって死んだことにしてしまおうか。実際にどこかの山にでも捨ててくるのもいいな』
『あなた……せめて修道院に出すとか……』
母親からの助け舟。だけど父親は母親にも手をあげる。
『馬鹿が。ワシが娘を捨てたなどという噂が立ったらどうする! 始末するならなぁ、何も痕跡など残したらいけないに決まっているだろうが! おまえがそんな馬鹿だから、こんな役に立たない子が生まれるんだろう――』
『役に立つもんっ!』
その時、部屋に入ってくるのはまた別の幼女。怯えている幼女と、髪の色や顔立ちがうり二つの幼女だ。ただ大きな違いとして、この幼女の方が見るからに自己主張が激しいということだ。
「シシリーはわたくしの役に立つもん! だってわたくしの妹だもん! わたくしが……役に立たせるもん……だから……だから……!」
目から涙をポロポロと零して、妹のために声を荒げる。
「パパが要らないなら、わたくしにシシリーをちょうだいっ‼」
◆
あぁ、だからか……。
ネリアから発せられていた、謎のポジティブ感。それは自分が妹を守っているんだというプライドによるものだったのだろう。長い月日で、その優しさが悪い方向に向かってしまったようだけど。
それでも、シシリーはきっと嬉しかった。
親から捨てられそうになった時、必死に守ってくれた双子の姉からの信用を守るために――今まで必死に、彼女のワガママに付いていったのだろう。
たとえ『枯草』と呼ばれるほどボロボロになるまで――
(それでも個人的にあの姉を擁護する気にはならないんだけどね)
実際、姉に言いように使われていたのは事実だし、シシリー自身も泣く姉に対して『いい気味』と思うくらい、二人の関係は歪んでいたのだ。その原因は間違いなくネリアの自惚れのほかない。
それに……私には姉妹どころか親すら存在しなかったからね。
その上、これから家族になってくれるだろう相手に裏切られたのだ。
そんな私が、姉からの愛情に縋るシシリーの気持ちがわかるなんて、安易に言ってはいけない。だから、私はただ自分で見て聞いた事実だけで、ネリアが悪いと言わせてもらうよ。アニータらが言っていたように、第三者から見ても姉から虐げられていたのは事実なのだから。
(けど……けどね?)
圧倒的な熱量が迫る刹那で、私はシシリーに口角を上げさせる。
(そうやって必死に縋るあなたが、私は愛しくて愛しくて仕方ないよ)
魔力は異質であるほど惹かれ合う。
だから死にゆく私にシシリーの声が届いたのは、私たちの性質がまるで正反対だったからなのだろう。よかった。私は悪女で良かった。だからこそ、私は今、この場に居合わせることができたのだから。
(だからその願い、私が叶えてあげる!)
愛しい愛しい、愚かで可愛い幼子へ。
今から『稀代の悪女』が祝福を授けようではないか。
(――来い、私の魔力!)
手を掲げ、呼び寄せるのは
あのヨレヨレ九十歳の身体から魔力を取り出すなんて……まさに自殺行為だね。それでも、私に後悔はない。八百年前に潰えていたはずの命なんて、いくらでも使ってあげる。
いつもより少し強いシシリーの魔力。それを媒体に、私の魔力を呼び寄せて――私は大熱量をこの手の中に
「なっ……⁉」
驚きの声をあげるのは、現在の天才アイヴィン=ダール。攻撃を跳ね返すのではなく、吸収する。その凄さをわかってくれるのも、彼が天才ゆえなんだろうけど。
「機嫌がいいから見せてあげるよ」
私は放課後のオレンジに染まりだした空に、巨大な魔法陣を想像した。
その想像を可視化するさせるのが魔法だ。私はイメージする。その魔法陣から、天の裁きのごとく巨大な雷槌がくだされる光景を。
「私の可愛い体に傷つけようなんて八百年甘いっ!」
刹那、世界が真っ白に染まる。強すぎる光と衝撃を、人の視界と鼓膜が受け入れることができなかったのだ。だけど、それは一時だけのこと。すぐさま砂煙と轟音がグラウンド、いや学校敷地内を広がっていく。
砂塵が開けた跡に、人形は欠片となって砕け散っていた。
私は後ろで呆然と座り込んでいる少女に口角を上げた。
「可愛い妹も役に立つでしょ、大好きなお姉ちゃん?」
「あ……当たり前よ! あんたはわたくしの妹なんだから‼」
だけどやっぱり、目からポロポロと涙を零すネリアの減らず口は変わらないらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます