第9話 悪女、勉強会を開く。


「教科書のここにも載っているんだけど、魔力にも相性があるの。引き合うもの。逆に反発するもの。だからその性質をよく感覚で掴むのが効率の良い方法なわけ」


 そう説明しながら、私は自分の手の周りに作った光の蝶をパタパタと動かす。これは昨日の実技の復習だ。アニータは蝶に見惚れながらも、「むむむ」と眉間にしわを寄せていた。


「急に感覚的なものを言われましても難しいですわ。もっと属性値など数字でおっしゃってくださいまし」

「そう言われてもね~」


 その属性値というのも、大昔に私が提唱した理論ではあるのだが。

 うーん。どうも八百年の間に細かくされちゃったようで、正直言葉での説明が難しいという。もっとなー、感覚的なものを想定していたんだけどなー。


「こうなりゃ裏技を使おう!」


 そうして鞄から取り出すのは、一体のウサギ型パペット人形である。朝に購買で見かけて、ご飯ついでにアイヴィンに買ってもらったのだ。魔法の学校で売っている以上、ただのパペットと思うことなかれ。これもれっきとした魔法練習の道具であり、魔力を使って手足が動かせるように、内部に各属性の魔力石が入っているのである。


 ま、かなり埃被っていたから、人気はないようなんだけどね。


「……それ、赤ちゃんをあやすための玩具ですわ」

「それは操り方が甘いんじゃないかなー」


 そう言いながら、私はウサギさんパペットを動かし始める。最初はまずご挨拶から。それから跳んだり跳ねたりし始めたかと思えば、複雑怪奇な高速ダンスを披露する。


 しょせんは手足の短いウサギさんなので迫力なんぞ出ないけど、それでも私の巧みな魔力操作に、アニータは感嘆してくれたらしい。


「凄い……でも操作はともかく、よく魔力の少ないあなたで動かせるわね?」

「これもコツだよ。埋め込まれた魔力石からの魔力とで結合と分解を繰り返しているだけだから、私自身の魔力もごく少量で事足りるし」


 簡単に言ってしまえば、少ない魔力をとっても効率よく使っているだけである。

 でも、それを言ってしまえば『感覚で話されてもわからない!』て怒られるだけだし……。あー、昔もよくそれで怒られたなぁ。おまえは教えるのが下手すぎるって、めちゃくちゃ責められたっけ。それをよく王族でもあり、同じ研究者仲間でもあった婚約者と揉めながらも……まぁ、最後はとんでもない罪を吹っ掛けられたのだが。


 それらは全て終わったこと。八百年後に生きるこの子たちには関係のない話。

 私は目の前で真剣にパペットと真剣な顔で戯れだした友人に、私なりの助言をしようとした時だった。

 

「そんなことより、アイヴィン様はまだ来ないの⁉」


 放課後の人がいなくなった教室でアニータと訓練することになったのは喜ばしいのだが……なぜいる、シシリー姉。彼女はクラスも別だし、当然この勉強会に誘っていない。ちなみにアイヴィンも誘っていない。


 それなのに堂々と化粧しながら文句を垂れるネリアに、先に口を尖らせたのはアニータだった。


「ちょっと気が散るのですが。部外者は出て行ってくださらないかしら?」

「あら、わたくしはシシリーの姉よ? 妹を監視する義務があるわ!」


 監視するって……。シシリーをダシにするとしても、もうちょっと言葉を選べないのかな。それに、何度まつげをクルンとさせれば気が済むんだろう。あの挟む道具、まぶたも挟んじゃいそうで見ているだけで怖いんだよね。


 そう呆れていると、心の中のシシリーが謝ってくる。


(ごめんなさい。わたしの姉が嫌な思いをさせて……)

(別にあなたが悪いわけじゃないでしょ)

(でも……)


 他に誰も聞えないのに、言いよどむとか……。

 気が弱いのか、何か姉から虐げられるのに理由があるのか。


 どちらにしろシシリーとはまだ二日目の付き合い。急に聞き出すような話ではないかな。だから、私は他の話をする。


(そんなことより、私の名前は『ノーラ』だよ)

(えっ?)

(ちゃんとあなただけは私の名を呼んで。あなた以外……もう私を『ノーラ』と呼んでくれる人はいないんだから)


 その意味を、シシリーが理解してくれているのかわからないけれど。

 とりあえず現実が騒々しい。いつのまにか二人が姦しく喧嘩を始めたようだ。


「そもそも勉強する気がないならどこか行きなさいよ!」

「そっちがどこか行くべきでしょう! わたくしのアイヴィン様をあんたまで横取りしようっていう気⁉」

「はあ~~⁉ 何をおっしゃっているのかさっぱり理解できませんわっ‼」


 アニータ同感。私もさっぱりわからない。

 そんな喧嘩の最中でも、ネリアからの命令は留まるところを知らないらしい。


「ほら、シシリー。早くこの邪魔者を追い払いなさい!」

「嫌だね。私が約束していたのはアニータなんだから。いなくなるのはお姉ちゃんの方だよ」

「なら、百歩譲って早くアイヴィン様を連れてきなさい!」

「それも嫌。別に私はあの人に用件ないし」


 たしかにカッコいいし、エリートらしいからシシリー姉が惚れるのもわからないでもない。だけど姉の恋路を応援してやるほど……シシリーにとって価値のある『姉』だとも思えないんだよねぇ。


「わ、わたくしに歯向かうなんて百年早いわよ!」

「お生憎様。私とお姉ちゃんは双子なんだから、お姉ちゃんが百十七歳の時、私も百十七歳だね。いやーそのころにはお互い丸くなって、仲良くなれているといいねー」


 ちなみにさっき授業で聞いたことなのだが、現代人の寿命は男女ともに八十歳前後らしい。私ノーラの身体は九十歳。私が八百年前に生み出した封印の技術は寿命という観点でもなかなかに凄かったらしい。さすが私。


「ちなみにシシリー。お昼の手紙はきちんと渡してくれたんでしょうね⁉」

「あーあれ? 渡したことは渡したよ?」

「ア、アイヴィン様はなんて……?」

「……聞きたいの?」


 ネリアが急に乙女の顔で頷いたので……。

 お姉ちゃんのご要望なら、私は話してさしあげましょう。


 ◆

 

 時は昼休みに遡る。アニータと食堂に行こうとした時にネリアに呼び出されたのだ。その用件はアイヴィン様にラブレターを渡してほしいとのこと。聞けば授業中にしたためたらしい。


 だからその時、私は言った。


『いや、お姉ちゃん。ちゃんと勉強しようよ』

『いいのよ、わたくしは勉強なんかしないでも! それよりいいわね、わたくしの大事な大事な気持ちが籠っているんだから。きちんとアイヴィン様に手渡しするのよ⁉』

『……そんな大事な手紙、私なんかが触っていいの?』


 ニヤリと口角をあげて尋ねると、ネリアが固まった。シシリーに渡せというのに、シシリーに触れられるのは嫌とは。なんたる傲慢。だけど妙案を閃いたとばかりに華やかせた表情は、まるでバカな幼子のように可愛かった。


『わたくしのハンカチーフを差し上げます。これに包んで持ち運びなさい! いい? わたくしに感謝するのよ? このハンカチーフを生涯の宝にするの!』


 その後、そのハンカチーフに来るんだ手紙をアイヴィンに渡そうとしたら、やっぱりハンカチーフのことを尋ねられて。こと細やかに全てを説明したら、彼は手紙を受け取ることなく指を鳴らした。開くことなく手紙を燃やしたのだ。


『シシリー嬢が直接触れられないほどの汚物、俺も触りたくないんだよね』


 だけど、とりあえずシシリーの手が火傷の危機だったのは事実なわけで。

 また購買で一番高いをアイスを奢ってもらうことになったのが。


 ◆


 回想終了。もちろん、それらの経緯を全てネリアに話したところ……。

 ネリアはシクシク泣きだした。


「どうして……どうしてなの……どうしてこんなにアイヴィン様に避けられなくてはいけないの……?」

「実の妹をいじめている女の人に好意を抱く人なんていなくないかな?」

「そんな……! だってシシリーは魔力なしなのよ‼ わたくしにこき使われてるからこそ今も生きているというのに‼」


 いやぁ、そのポジティブは本当すごい。しかも泣きながらもまだまつげをクルンとさせようとするのだから。その執念だけは尊敬するよ。うん。


 本当に親の顔が見てみたいわ。一年の間に一回くらい実家に戻るだろうし、いつか見る機会もあるかな。どんな醜い魔力が見れるのか少しばかりワクワクしていると、なにやら教室の外が騒がしい。


 足音が近づいてきたかと思えば、扉がガラッと開かれる。

 そこには渦中の美少年が現れた。


「アイヴィンさ……痛ッ‼」

(ネリアっ‼)


 急に現れた意中の人に、ネリアは立ち上がろうとして……まぶた道具で挟んでしまったらしい。うわ、痛いだろうなぁ……。私は自業自得と思うけど、心の中のシシリーは違うらしい。それなら仕方ないと、ネリアの怪我の具合を確認しようとした時だった。


 ネリアが突き飛ばされて尻餅をついていた。アイヴィンに押しのけられたようだ。いやー不憫だねぇ。だけどその直後、今度は私の腕がアイヴィンに掴み上げられる。


「盗んだ人形をどこへやった⁉」


 そう叫ぶ顔は、今までに見たことがないとても険しいものだった。

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