第8話 悪女、理詰めする。

 私の発言に、ネリアというシシリーの姉がこめかみを動かしていた。

 ふふーん。この程度で目くじら立てちゃうなんて可愛いこと可愛いこと。もっといじってあげないとね。


「まず、なぜ私が入学させてもらえたことを親に感謝しないといけないのかな? あー、もちろん学費の面などで迷惑をかけてないってわけじゃないけど……それはお姉ちゃんも一緒だよね? お姉ちゃんは『恩義』なんて仰々しい言葉が似合うほど、何か親孝行してあげているのかな?」


 私の笑顔の指摘に、ネリアはハッとしてから嬉しそうに答える。


「そ、それはわたくしという可愛い娘がこの世にいるだけで親孝行なのよ!」

「スゴイ……いや、本当にスゴイね、その自信。コテンパンに言い負かしてあげようかと思ったけど、ちょっと好きになりかけちゃったよ」


 思った以上の前向き発言に、思わず感服しかけてしまうけど。

 それじゃあシシリーが浮かばれないので、もう少し彼女のことを知ってみよう。


「でも、それはそうとしてもなぜ私のことをそんな見下せるの?」

「そんなの、あんたが『魔力なし』だからに決まっているでしょうが! トラバスタ家の恥さらしめっ‼」

「いや、恥さらしって言うなら、それを生んだ両親が悪くない? ちなみに言えば、魔力の遺伝要素は昔から男性の血が影響しやすいって話だから、主に責めるなら父親かな」

「な……またどこの胡散臭い本を読んだのか知らないけど、パパに言えるものなら言ってみなさい! また納屋でひと冬過ごさせられるわよ!」


 昨日も同じような発言を聞いた気がする。でも……子供が親を好いているのはいいことだよね。とても微笑ましいことだ。


父親溺愛ファザコンなんて可愛いね?」

「き~~っ! 何よ、あんたなんて枯草のくせに‼」


 そしてネリアが扇を振りかぶる。あ、これは扇で殴られるやつかな。

 閉じた扇で殴られたことは八百年前もないなぁ。ちょっと体験してみよう……あ、でもシシリーの可愛い顔に傷を付けられちゃうのは困る。


 女の子の扇を払いのけるくらい、微量の魔力でも十分――と指を動かそうとした時だった。迫りくる扇が目の前で止まってしまう。邪魔してくれちゃって……。そう見上げると、私の頭上から見覚えのある顔が手を伸ばしていた。


「朝から姉妹きょうだいげんかなんて、今日もトラバスタ家の双子は仲がいいね~」

「あらアイヴィン。おはよう。今日もいつになく軽薄だね?」

「失礼だなぁ。きみ相手だけの特別だよ、シシリー嬢」


 そうして私のこめかみに唇を落としてくるから「ハイハイ」と軽くいなしていると……ネリアが静かだ。視線を向けると、彼女が真っ赤な顔でわなわなと震えていた。


「どうしたの、お姉ちゃん?」

「噂には聞いていたけど……あんた、本当にアイヴィン様のお近づきに……?」

「お近づきというか、いい玩具にされているというか」


 言いながらも小首を傾げれば、アイヴィンが苦笑してくる。


「シシリー嬢は容赦がないなぁ。昨日だってあんな熱烈に愛を伝えたというのに」

「熱烈って婚約者候補のやつ? ちゃんと候補には入れてあるけど……」


 だって、一応今の時代のエリートみたいだから。魔力の量や腕前は一流。見た目や清潔感も悪いわけでない。シシリーの好みを確認する前に選択肢から省くのはもったいないだろう。


 その時、ふと離れた場所でこちらを窺っている少年の姿が見える。同じ緑のリボンを腕に付けた地味な少年だ。栗色の野暮ったい髪に、アンバー色の瞳。身長はそれなりに高いようだけど、猫背で小さく見えていた。イジイジするタイプの男は個人的に好みではないのだが……今、捜しているのはシシリーの相手である。何より魔力の質がイイ。すごくイイ。


「ねぇ、あの人はアイヴィンの友達なのかな?」

「ん? ……あぁ、まぁ友達……みたいなもの、かな」


 何ともまぁ、歯切れの悪い答えだこと。

 だけど……やっぱり魔力が綺麗だ。健やかな精神と肉体には健やかな魔力が宿るという。つまり、魔力が綺麗というだけでその人の性格と健康状態がある程度わかるのだ。……ある程度の賢者ならね。


「あ、あの……アイヴィン、様……?」

「ん?」


 私が魔力の綺麗な地味男くんに注視していると、どうもネリアがアイヴィンに声をかけたらしい。モジモジした様子はとても愛らしいけれど……。


「良ければ、一緒に食事でも……いかがですか?」

「ごめんねぇ。きみたちがくだらない喧嘩している間に食べてきたから」


 うわぁ、容赦なく一蹴されてる……。

 そしてそのまま「じゃあね」とアイヴィンは立ち去るようだ。なぜか私の腰に手を添えて。

 別に性格が悪い子とて、八百年前に生まれた私からしてみればしょせんは幼子。意中の人に拒否されて、泣きそうな顔をしているのを見てしまうと……可哀想とも思ってしまう。彼女のアイヴィンに寄せる想いは、私とシシリーに関係ないことだしね。しょせんアイヴィンは候補の一人だ。


(…………いい気味)


 だけど、私の心の中のシシリーがそう呟くのなら。

 思わず、私は小さく笑った。


(シシリーが満足してくれたなら良かったよ)

(え?)


「何嬉しそうな顔してんの?」


 せっかく私がシシリーと話していたのに、アイヴィンが邪魔してくる。思わず、私は肩を竦めて代わりに口角をあげた。


「私の朝食を奪ったあなたが、購買でどんな豪華な物を買ってくれるのかなって」 

「ははっ、喜んで奢らせていただきますよ。俺の女王様マイ・クイーン

 

 立ち去る私たちの後ろで、すすり泣く少女の声がする。

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