第87話 天使とバーベキューと

 ミカエルとの戦いは、思っていたよりもずっと消耗していたようで、その日は泥のように眠った。


 起きた時は既にお日様が屋敷の上を通り抜けそうな勢いで、僕の腹は元気よく「ぐ~」と鳴った。


 少し眠い体を起こして重い足を動かして洗面所に向かうと、丁度眠そうな顔の凪がいた。


「おはよう……」


「おはよぉ……」


 眠い目のまま、一緒に並んで歯磨きを始める。


 鏡に写るパッとしない自分の顔と、眠そうでも可愛い凪。


 そういや、凪って本物の天使なんだよな。最初に出会った凪も天使みたいだなと思ってたんだよな……。


「ん……? ケントくん……?」


「へ?」


「どうかしなの?」


 鏡の中の僕を見つめる凪。本当に天使みたいだ……。


「ん……天使みたい……」


「ひゃ!?」


「なんか初めてあった時、天使みたいだなと思ったけど、やっぱり天使みたいだ」


「…………」


 可愛らしい目を一瞬大きく見開いて、俯いたせいで顔が見えなくなった。


 …………。


 …………。


 …………。






 ああああああああ!? ぼ、僕はなんてことを口走ったんだん!? え? 今、凪に「天使みたい」って言っちゃった!?






 とんでもないことを口走ったことを自覚した。


「な、な、凪っ!」


「はいっ!」


「ご、ごめん。変な事を言ってしまった……」


「…………」


 凪の顔が少し残念そうな表情に変わる。


「ケントくん……?」


「ん?」


「…………嘘……だったの?」


「へ?」


「私が天使みたいって……」


「い、いやいや! 本心というかなんというか、いつも思ってることを口走ってしまったって反省しているというか」


 あああああああああ!? 僕はまた何ということを!?


 その時、鏡に腕を組んでジト目の六花と鏡越しで目が合った。


「朝から何いちゃついてるの」


「ち、違うって、これは、こう、思っていたことを言ってしまって、ちょっと、僕も困っているってば」


「ふう~ん」


「ふふっ」


 顔を緩めた凪が顔を洗い始めた。


 気まずいまま急いで顔を洗って、裏庭に出た。


 朝からとんでもない事になったなと反省しながら体操を行う。


 ――――もう昼だけど。


 朝食という昼食をみんなで食べる。やっぱりみんな疲れた表情が顔に出ている。


 元気なのはミカエルとガブリエルさんだけだ。


 今日は休日らしく、家でのんびりと過ごすことにした。




 夕方になる前。


 ミナちゃんが大量のお肉と野菜を買って、みんなでやってきた。


 どうやらみんなでバーベキューがしたいそう。


 この時間になって外に出かけたいとは思ってなかったし、凄い良いタイミングだ。


 裏庭にバーベキューセットを用意して、椅子やテーブルを並べたり、氷水が入った大きなクーラーボックスに飲み物をたくさん入れたりと、のほほんとした幸せな時間が流れる。


 焼かれた肉は美味しそうな匂いを広げて、夕飯前の空いたお腹をより空腹にしていく。


 六花と凪特製の串刺し肉が運ばれてくると、みんなから歓声が上がった。


 うちは低年齢から優先で渡していく。


 次々焼かれた串肉を僕も運んでいく。


「ケントお兄ちゃんありがとぉ~!」


 満面の笑顔を浮かべる金髪の美少年。とても昨日戦った相手とは思えない。


 天使の転生というのは不思議なものだな。


 ミカくんの頭をポンポンと優しく撫でてあげる。


 みんなの笑い声に包まれる中、僕も肉を頬張る。


「ん!? う、うま!」


「ふふっ。凪特製の愛情が籠ったお肉ですからね~」


 そういやこれは凪が大事そうに焼いていた。


 そう思うと一気に顔が熱くなってしまう。


 貴重なお肉だからな。ひと噛みひと噛みを大切にゆっくり食べるとしよう。


 みんなとのバーベキューはとても楽しく、あっという間に時間が過ぎた。


 バーベキューなんていつかやれたらいいなと思っていたけど、実に良いものだね。これからも定期的にやりたいと思う。




 ◆




 次の日。


 昨日のバーベキューのおかげですっかり体調が回復したので、朝食を食べてからミカくんとガブリエルさんを屋敷に残して、僕達は因縁のクラウンダンジョンにやってきた。


 久しぶりに二十一層にやってきた。


「みんな。ちょっといいかな?」


 入ってすぐに凪が僕達を止める。


 入口が見える場所から少し離れた場所に行くと、凪は少し神妙な表情に変わる。


「これから話すことは私が思っていること。確定事項ではないから言い切ることはできないんだけど、備えあれば患いなしと言うし、私が思っていることを言うね」


 それから凪は僕達にとあることを話してくれた。


 内容は想像していたよりもずっと驚くもので、それが凪の危惧ならいいなと心から願った。


 けれど、どこか凪はそれを確信・・している様子だった。

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