第86話 凪の過去と転生天使

「良い仲間に出会えましたね。凪ちゃん」


 じっと見守っていたガブリエルさんが声を上げた。


「はい。みんなかけがえのない仲間です」


「ふふっ。きっとお母さんも喜んでいると思います」


 お母さん。凪のお母さんのことは何一つわからない。でも一つわかることは、以前僕に力を貸してくれたあの存在は、誰かを・・・娘だと呼んでいた。


 それは間違いなく凪だと今ならわかる。


 その時――――ガブリエルが持ち帰った・・・・・ミカエルの亡骸が光の粒子を放ち始めた。


「ふふっ。ミカエルもああなると可哀想なものですね。まさかミカエルが転生・・するとは、どんな天使も想像したことがないでしょうね~」


 ん? 転生?


「栞人さん。天使族というのは、絶対に死なないんです」


「えっ!?」


「物理的な死――――今のミカエルのように一度死んだ天使は、転生を果たします。新しい天使ミカエルとして生まれ変わるのです。生まれ変わった場合――――また新しい命となります。前世の記憶は全て忘れてまた新しい一人の天使として」


「では、今のミカエルはまた新しい天使として蘇るんですか?」


「その通りです。以前の暴虐な彼は死に、新しい彼はどういう性格になるのかは、生まれて見なきゃわからないんですけどね。でも、人と同じく、によって大きく変わっていきます。凪ちゃんのように」


 僕達の注目がミカエルから凪に移る。


「…………私のもう一つの名前はルシファー。天使ルシファーなの。そして、私のお母さんは天使族のアリエル。天使アリエルなの」


 天使アリエル……。


「私は普通の天使とは少し違うの。天使と人の間に生まれた半人半天使なの。と言っても父はいない。お母さんが人の因子を受け継いで生んでくれたの。だから天使としては不良品・・・なんだ」


「凪は不良品なんかじゃ……!」


 凪は笑顔で首を横に振った。


「天使としては確かに不良品だったと思う。でもお母さんのおかげで、私は人として生きる道を手に入れたよ。だから不満もないし、後悔もしていない。でも一つだけ後悔があるのなら――――お母さんを助けられなかったのが一番の後悔なの」


「お母さんを助けられなかった……?」


「うん。二十年前に世界にダンジョンが生まれたのは知っているよね?」


 忘れるはずもない。ダンジョンのせいで世界は大変なことになっているから。


「あれは天使族によって引き起こされた事件なの。世界に生まれたダンジョン全てが――――天使の牢獄・・・・・なの」


「「「「牢獄!?」」」」


 意外な答えに僕達は一緒に声をあげた。


 そもそもダンジョンが生まれた理由について、考えたこともなかった。


 まさか……天使族に関わっていたなんて。


「天使族に二つの派閥ができてしまったんだ。人族を支配したいミカエル派と人族を見守りたいアリエル派に分かれたの。ミカエル派が一割を切って、大半の天使がアリエル派だったんだけど……ミカエルに賛同していた天使が圧倒的・・・に武力を持っていたの。そこで天界で戦争が起きて、天界には誰も住めない地になってしまうくらい激戦で…………結局はアリエル派が負けてしまった。ミカエル達によって負けた天使は全員、転生ではなくダンジョンという牢獄に堕とされ、人族の脅威となることになったの」


「っ……」


 悔しくて拳を握りしめる。


 人族を優しく見守りたい天使達を全員ダンジョンに閉じ込めて、その力を利用してモンスターを作り、モンスターを利用して人族を崩壊させる。


 その狙いはてきめんでじわじわ人類は崩壊に向かっている。


 これも全てミカエルの…………。


 既に亡くなったミカエルの傲慢な顔が浮かぶ。


 転生したミカエルがどうなるかはわからないけど、また同じようにならないために頑張らないと……。


「ん? ということは、その天使達はいまも生きていることだよね?」


「うん」


「じゃあ……凪がクラウンダンジョンを攻略したい理由って……!」


 凪は必死に泣き顔を我慢して笑顔を浮かべた。


 言葉を話さなくても彼女の目的と悲しみが全て伝わってくる。


 その時、ミカエルの体から眩い光が溢れた。




「むぅ……ここどこ……?」




 幼い子供の声と共に、光の中から五歳くらいの金髪が眩しい男児が現れた。


「あら、今回はずいぶんと可愛らしいですわね。ミカエル」


「ほえ……?」


「ふふっ。私はガブリエル。こちらは栞人さん、凪ちゃん、六花ちゃん、花音ちゃん、絵里ちゃん、由衣ちゃんですよ~」


「う~ん。覚えた~」


「偉い偉い~」


 ガブリエルは慣れた手運びで子供ミカエルの頭を優しく撫でた。


「うぅ……お腹空いた……」


「あら、どうしましょう……食事は全然用意していなかったですわ」


「それなら私が作る~!」


 六花が立ち上がり、厨房に向かう。


 興味があるのか、子供ミカエルもテクテクと歩いて六花の後を追った。


「なんだかもっと派手な転生をすると思ったら、案外あっさりしているんですね」


「そうですね。天使にとって転生は力を一度失うことですから。でも天使には限界・・が決まっているのです。全ての天使が育った場合、誰もミカエルには勝てません」


「前回のミカエルがそうだったように……?」


「そうです。ですが、それに勝てた皆さんは本当に凄いと思います。特に力を解放できた・・・・・凪ちゃんは本当に凄かったですわ」


「あれは……ケントくんのおかげです。私も天使状態になれると思っていませんでしたから……」


 もしかしたら、クラウンダンジョンでの一件の時、アリエルさんが後押しをしてくれたのかも知れない。


 確証はないけど、あの時の彼女の声はとても温かくて、凪を愛する気持ちが伝わってきたから。


「ガブリエルさんはこれからどうするんですか?」


「そうですね。皆さんの許可があるなら、ここで子供になったミカエルのお世話をさせてください」


「そう……ですね。ミカエルを放置するとまたああなってしまってはいけませんから、ミカエルの面倒はガブリエルにお願いする形でお願いします」


「かしこまりました。天使を代表して、寛大な処置ありがとうございます」


「そういえば、ミカエルが転生したってことは、ダンジョンを解放することはできないんですか?」


「それは不可能です。いまのミカエルは天使の力はほぼほぼ出せません。成長した暁にはできるかも知れませんが、少なくとも栞人さんが生きているうちは難しいと思います」


 成長にそれだけの時間が必要なんだな……となると、ミカエルの力は頼れないか。


 こうして僕達に新しい仲間(?)のミカエルとガブリエルが加わった。


 そして……僕達の一番の目的がクラウンダンジョンの攻略になったのは、口にしなくても伝わってきた。

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