第82話 天使

 屋上に立つのは一人の男と、一人の女。


 男は後ろを向いたまま話し始めた


「久しぶりだね~元気にしてた? ――――ルシ」


「おかげさまで。と言いたいところだけど、その名前で呼ばないで欲しいかな」


「つれないな~」


「…………それを貴方から言われると、少し怒りが湧くのだけれど?」


 女の言葉にニヤリと笑った男が振り向く。


「へえ~随分と面白い皮を被っていたんだね。そりゃ見つからないわけだ」


「…………いいえ。これが本体・・よ」


 一瞬、眉がビクッと動いた男の表情が笑顔から無表情に変わる。


「出来損ない分際で……」


「ふふっ。感情を露にするなんて珍しいわね。ミカエル」


 そう話してゆっくりと近づきながら二振りの剣を抜くのは――――綾瀬凪である。


 彼女に対峙する男は凪と同じく美しい銀色の髪をなびかせていた。しかし、凪と違う点は、背中に美しい白い天使の羽根が生えていることだ。


 その右手に黄色い光の槍が現れる。


 二人の目が会って、一秒。当然のように二人は武器をぶつけ合った。


「へぇ。人間の武器かい。まるで――――おもちゃみたいだね」


 剣をぶつけ合う二人は、普通の人では目で追えない程に凄まじい速度でぶつけ合う。


 それでも顔色一つ変えず戦い続ける。


「そんなおもちゃでも壊せない貴方は随分と弱くなったわね?」


「随分と喋れるようになったじゃないか。昔人形姫と呼ばれたルシがこうなるとはな~」


「だから、私はルシではない。私は――――凪。それが母さんがくださった名前よ」


 二人の剣戟は途切れることなくぶつかり続ける。


「君の母か…… 裏切り者の娘は裏切り者か。くっくっくっ」


「母さんが裏切者? それは違うわね。貴方達がやってることが――――タダのくそ野郎だからよ!」


 凪の双剣の柄に付いている布の色が目まぐるしく変わっていく。


 ミカエルの光の槍とぶつかる度に色とりどりの光が散っていく。


「ねえねえ。そろそろ本気を出してもらわないと困るよ? このままじゃ僕はつまらなさすぎてあくびまで出ちゃうよ」


 ミカエルがわざとらしくあくびをする。


 あくびを終えたミカエルの槍が光り始めると、三つに分裂して攻撃し始めた。


「っ……」


 無数の剣戟の光が屋上に広がっていく。少しずつ凪の体に生傷が増えていく。


 黒い衣服に彼女の赤い血液が流れる。


 戦いは少しずつ熾烈さを増していく。


「ほらほら~どうしたんだい? そろそろ本当に死んじゃうよ?」


「くっ……!」


 凪の体から――――禍々しいオーラが溢れる。


「いいね~いいね~」


 ミカエルの楽しそうな声が屋上に響く。


「さあ、本気を見せてごらんよ~? 裏切りの娘よ~」


「っ……!」


「あははは~! さあ! 見せてみなよ! 君の本当の力を……本当の姿を!」


 ミカエルの眩いオーラと凪の禍々しいオーラがぶつかり合う。


「そろそろだね! さあ!」


 光の槍によってその場に立てなくなり、その場に崩れ落ちる。


(負けられない…………ケントくんが……みんなが……待っているんだから…………)


 次の瞬間、凪の体から禍々しい――――黒いオーラが立ち上った。


 彼女の背中に今までなかった、天使の羽根が生える。


「あははは~! そう来なくちゃ! 裏切者の天使――――ルシファー!」


 嬉しそうに話すミカエルに対照的に、その両目から涙を流す凪が立ちあがる。


 その背中に生えている――――黒い天使の羽根を拡げて。


「くっくっくっ。醜いね~闇に堕ちた天使ってところかな?」


「ふん。自分達の事を天使とでも? ふざけるのも大概にして。貴方達こそ――――悪魔だよ。許されるはずもない」


「へぇ……僕達に説教するつもりかい? 堕落した者の分際で?」


「ええ。だって、私は貴方達みたいな天使の姿をした悪魔じゃないもの。私は本当の悪魔だから。貴方達をちゃんと滅ぼすわ」


「やれるものならやってみな」


 そして黒い光と白い光がぶつかり合った。


 戦いは屋上から空の上に。


 暗い夜空に二つの光がぶつかりあって、美しくも思える。


 二人の光はやがて線となり、激しくぶつかり合い続けた。

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