第81話 狂暴化

「まさかこれをこんな時に使うなんてね」


 屋敷の地下・・に向かいながら思わず口に出してしまう。


 凪達も納得したように頷く。


 下が見えないコンクリート作りの階段を下がっていく。ぐるぐる回ってる構造の階段を十階分程下がった。


 扉を潜って出た先にあったのは――――


「恵奈さん。よろしくお願いします」


「はい。どうぞ」


 待っていたのは、僕達全員が乗っても問題ないくらい大きなファミリーカーだ。後部座席のドアが開いて、僕、凪、六花、花音、絵里、由衣が乗り込む。運転席に恵奈さんが座り込んだ。


「では出発します!」


「お願いします!」


 恵奈さんが車を走らせ地下からトンネルを通って地上を目指す。


 地上部のゲートが開いて、僕達を乗せた車は夜空の下、地上に出て目的地を目指した。


「簡単に説明すると、軍蔵が運ばれた警察署から黒い斑点が発生したみたい。でも問題はそれだけじゃなくて、今までと症状が違って狂暴化しているみたい」


「狂暴化?」


「うん。空想上にあるゾンビ化みたいな感じ。みんな意識を失ったけど何者かに操られるように辺りの人々を襲い始めたって。さらに身体能力もだいぶ向上しているみたい」


 ゾンビ化……黒い斑点が関わっているのは間違いない。それに今日軍蔵が運ばれてから起きた。軍蔵が関わっていると考えるのが自然だ。


 僕達を乗せた車が警察署近くに着くと、既にバリゲートが作られていた。


「みなさん。話は通っております。どうかご武運を!」


「恵奈さんも気を付けてください。狂暴化した者がこちらにくるかも知れませんから」


「ええ。ご心配なく」


 助手席に大量の武器を見せた恵奈さんが笑顔を浮かべた。


「ではいってきます!」


 六花のヘイスト魔法を展開させてすぐにドアを開けて走り出す。


 バリゲートを越えて中に入っていくにつれ、肌を掴むかのような嫌な感覚が襲い掛かる。


「前方に敵!」


 花音の声に緊張感が一気に広がる。


 前方から現れたのは、狂暴化した警官で、両手をぶらぶらさせてゾンビみたいな歩き方をしている。


 僕達を捕捉した狂暴化した警官が一気に走ってくる。凄まじい速度に、ダンジョンで現れるモンスターが思い浮かぶほどだ。


 飛んできた警官を盾で殴り付けると、飛ばされて地面を転がる。それに合わせて凪が走り込み、剣の柄で首の後ろを叩いて気絶させる。――――が、気絶しているはずの警官が何かに吊られたかのように起き上がった。


 凪が慌てて声をあげる。


「っ!? まさか! みんな! ここの人達は操られている!」


「操られてる!?」


「このままでは死んでもずっと操られたままになるよ! もう肉体の限界を超えてるから危ない!」


「っ…………」


 騒ぎに駆け付けたのか、警察署から大勢の警官がこちらに向かって走ってくるのが見えた。


 一体どうすれば…………。


「状態異常回復魔法!」


 六花から光が放たれて警官を包み込む。


 しかし、効果は全くなく警官の動きは相変わらず近くの凪を攻撃し続ける。


「このままでは……どうすれば…………」


「ケントさん! ケントくんの力を使ってみたらどうですか? 敵じゃない者に危害は加えないんでしょう?」


 由衣の言った通り、僕が放つカードスラッシュとカードバーストはモンスターには効くが人には効かない。むしろ、人には能力上昇までするので良いことばかりだ。


「わかった! カードバースト!」


 前方の広範囲に虹色の光が夜空の下に輝きを放つ。


 美しい虹色の光が周囲に広がり、それに触れた狂暴化した警官達は――――その場に糸が切れたように倒れ込んだ。


 すぐに凪が倒れた警官の脈を確認すると「無事だよ! ケントくん!」と話した。その言葉にみんなが一斉に安堵の息を吐く。


「ケントくん。警察署全体にお願い!」


「わかった。急いで向かおう」


 すぐに警察署の玄関口に向かいカードバーストを放つ。


「凪。これからどうする?」


「うん…………ねえ。みんな。お願いがあるんだ」


 神妙な表情をした凪が振り向いて僕達を見つめた。


「ここからは私一人で行かせてくれないかな?」


「っ!? 何を言っ――――」


 凪は酷く悲しい表情を浮かべた。


「お願い…………」


 そう話す凪を僕達は止めることができなかった。「行ってくるね」と言い残した彼女は悲しみに染まった表情のまま、僕達を残して警察署の中に消えた。




「にぃ! あのままでいいの!?」


「六花…………でも凪には凪の考えがあるんだと思う。それを遵守するのもメンバーの役目じゃないか?」


「そう……だけど……さ…………」


 六花が言いたいことも分かるし、みんなも悔しそうに拳を握った。


 僕もできるなら凪を追いかけたい。でも彼女は絶対に――――見られたくない・・・・・・・ものがあるように、そんな悲しい表情を浮かべていた。


 短いようで長い時間一緒にいたからこそ分かる。それほどに彼女の気持ちを深く汲み取れてしまった。


 だから僕は、僕達は彼女を追いかけることができなかった。


 ふと高くそびえる警察署を見上げた。


 夜空には無数の星々が輝いて巨大な満月が不気味な警察署を照らしている。


 五階を超えるビルの上、屋上から聖なる・・・気配と禍々しい・・・・気配を感じた。

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