第70話 旅行?

 連休が始まった。


 朝一で僕達は車に乗り込んでとある場所に向かっている。


「必要なものがございましたらいつでも仰ってくださいね」


「ありがとうございます――――伊狩さん」


 助手席からこちらに向かって軽く会釈した伊狩さん。


 車の外はどこまでも広がっている田んぼの景色で、高速道路を凄まじい速さで通り抜けていく。


 メンバーのみんなと楽しそうに話しながら、旅行気分を味わいつつ、目的地を楽しみにした。




 ◆




「長かった~!」


 車を降りたみんなが手足を伸ばして、初めて見る景色に目を奪われる。


 遠くは都心部が見えたりするが、僕達が訪れた場所は広大な――――お寺が鎮座している。


 背伸びしても中を覗けないくらい高い壁に囲まれているけど、昔ながらの作りになった屋根が壁の向こうに広がっている。


 お寺の玄関口で話し合った伊狩さんがこちらにやってくる。


「お待たせしました。これから中を案内致します」


 彼女を追いかけて巨大な門を通って中に入っていく。


 もはや門と言えないくらい大きくて城門だと言われても納得する。


 左右にはよく分からない石像がこちらを睨みつけていて、ものすごい迫力を感じる。


 中は綺麗に保たれていて、庭のような場所にも大きな樹木が佇んでいて、のどかさをかもし出していた。


 敷地の奥地を目指して歩いていくと、小さく何かを弾く音が聞こえてくる。その音がますます大きくなり、僕達を誘うかのように響き渡った。


「綺麗……」


「きっとことの音色だね。とても綺麗な音色だわ」


 六花が思わず口にするくらい、僕達を歓迎してくれる音が琴の弦を弾く音。知らない曲だけど、とても心が穏やかになる音だ。


「お嬢様」


 伊狩さんが呼ぶ声に音色がピッタリと止まる。


 横から見えていた琴の上で踊っていた爪三本が止まり、ちょうど壁になっている中の方に消えていく。


「あら、伊吹さん。久しぶりですね」


「お久しぶりです。本日はお嬢様にお客様でございます」


「そうですか。はい。構いません」


 琴の音色に負けない綺麗な声が聞こえてきて、こちらを見つめる伊狩さんから来るように合図が送られる。


 伊狩さんの下にやってくると、広い縁側に大きな琴とその前に座ってこちらに優しい笑みを浮かべる綺麗な女性がいた。


「あら? 今日は意外と大勢なのですね」


「はい。こちらはお父様・・・に協力してくださっているみなさんです」


「初めまして。リーダーの栞人と言います」


「妹の六花だよ~」


「凪です。お会いできて光栄です」


「花音さんですよ~」


「絵里といいます。どうぞよろしく」


 みんなの紹介が終わると、彼女は笑みを浮かべたまま、その場に立ち上がり胸元に手を当てて軽く体を下げる。


「初めまして。――――織田おだ由衣ゆいと申します」


 そう。彼女の名前は由衣さん。『出雲』のリーダーである織田さんの娘であり、僕達が直面している問題の一つ、回復魔法使い。その代表的な国内回復魔法使いである『京都の聖女』の由衣さんだ。


「あら? 病気の方には見えないのですが……?」


「ええ。本日みなさんは病気の件ではなく、遊び・・にいらっしゃったのです」


「遊びですか? ふふっ」


 面白がる彼女の穏やかな表情にこちらの気持ちまで落ち着くようだ。


 縁側に腰掛けるとすぐに隣に六花と花音が座って色々話しかけ始めた。


 たわいない話を三人が繰り広げていて、それを僕と凪、絵里さんが見守りながら相槌を打つ。


「そういえば、由衣さんってどうして髪が黒いんですかあ? 六花ちゃんと同じ力ですかあ?」


「うふふ。知りたいですか?」


 表情が一変して暗黒笑みを浮かべた由衣さんが花音に顔を近づける。


「ひい!?」


「私、よく人様から石を投げられまして。嫌だな~とずっと思ってたら髪が真っ黒に変わってしまいました」


「あ~魔女って呼ばれるようになったのってそれなんだ~」


 六花!?


「そうなんです~」


「ほえ~由衣さん~私の髪見て~」


「は~い」


 次の瞬間、妹の髪が金色から黒色に変わった。


「わあ!」


「えへへ~私もね。力が周りにバレるの嫌だな~って祈ってたら髪を真っ黒に変えられるようになったんだよ?」


 その答えに由衣さんの目が大きく見開いた。


「多分由衣さんもできると思うよ? やってみる?」


 長くて艶のある美しい黒髪を両手いっぱいに持ちあげて、自分の目の前に持っていた由衣さんは少し悩んでから諦めたように目を瞑った。


 彼女がどういう想いで何を考えたかは分からない。


 でも、目を開けた頃の彼女の綺麗な黒髪は、六花にも負けない綺麗な金色に輝いていた。


 そして、彼女の頬に一筋の涙が流れた。

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