第60話 宵闇に紛れる者たち

 大粒の涙を流しながら喫茶店を後にするボロボロの女性を見送る。


 絶望的な現状から、一筋の希望が見えた彼女が辿り着いた先は、元の果てしない崖の上なのだろう。


 人は絶望した時の後ろ姿というのは、僕が思っていたよりもずっとずっと悲しみが滲み出る姿だった。


 場所を貸してくれたマスターに感謝を送り、僕達は急いで屋敷に戻って行った。


 やはりというべきか、彼女が放った言葉で結果を見ていた人が多くいた。


 たった一瞬だというのに、回復魔法使いのような、普通とはかけ離れた情報はすぐに広まるんだと分かる。


 帰り際、凪から僕の力は回復魔法使い以上の力があって、世間に広まるのはもっと強くなってからじゃないと言われた。


 といっても、既にアルカディアでは僕達が魔石を大量に売っていることから、そういう類・・・・・の力を持っていると思われているのかも知れない。


 それにアルカディアのような秘密結社を営んでいる集団なら、僕達が源氏さんの店から装備を購入したことくらい知っているはずだ。もしかしたら魔石を売っていることまでバレている可能性がある。


 既にアルカディアの庇護下にあるので、いつか指定依頼・・・・というしがらみがくることは覚悟していなくちゃいけない。


 家に戻り、夜の準備を進める。


 誰一人、口を開くことなく、黙々と作業に集中した。


 窓の外が暗闇に包まれた頃、花音の部屋の扉が開いて、花音が降りてきた。


「ただいまです~」


「おかえり。花音。どうだった?」


「はい。まず、絵里さんの予想通り、屋敷を遠くから見張っている連中が多数います。集団もいれば、個人もいますね」


「やはりか……あの短期間に凄いな」


「恐らく、そういうネットワークが繋がっているのでしょうね。探索者ギルドにもそういうグループは多かったですから。私はそれに馴染みませんでしたから」


 それに同調するかのように凪と絵里さんも頷いた。


「それで、栞人さん達はどうですか?」


「ああ。こっちも完璧だ!」


 そこで見せるのは――――――真っ黒い覆面とマントと体を覆うダボダボの服だ。


 覆面は猫耳がちょっと可愛らしくて、目元しか穴が空いていない。


「まさか、マスターから押し付けられた布が助けになるなんて、良かったですね」


「そうだな。いつか使うかも知れないからと押し付けられてダークキャットの革。魔素を通せば、闇に紛れ込める代物なんだよね。本当に源氏さんには頭が上がらないよ」


「えっへん! いつも私の心配をしてくれるからなの! にぃだけに任せておくと心配なんだって」


「そ、それは悪かった……僕ももっと情報を仕入れないとね」


「アルカディアを通せば情報屋を紹介してくれるよ?」


「いや、それだとアルカディアに関わり過ぎてしまう。これ以上アルカディアに関わり過ぎるのは避けた方がいいかも知れない。僕達の関係は今の距離が丁度いいくらいかな」


 納得してくれたように凪も頷いてくれた。


「ではもう少ししていつもの寝る時間・・・・・・・・に向かうか」


「「「「お~」」」」


 そして、僕達はそれぞれの衣服を持ってそれぞれの部屋に向かった。


 ダークキャットの革で作ったのは『宵闇よいやみの衣』という装備となった。


 みんなで手分けして作ったけど、仕上げは全て六花がしてくれて、普段から縫物をやってきた妹だからこそできることだ。


 部屋の電気を消すと屋敷が真っ暗になる。


 暗い部屋の中、暗闇に目が慣れた頃、動き始める。


 体型がバレないように少しダボダボになった服に袖を通すと、不思議と肌にピッタリと付着する不思議な感覚だった。


 猫耳がある覆面を被って、ちらっと鏡に映る姿は少し可愛らしい。猫耳を付けたのは妹らしいといえば妹らしいな。


 寝静まった部屋からゆっくりと扉を開いて廊下に出る。


 真っ暗なソファーには可愛い黒猫・・・・・たちが四人、優雅に足を組んで座っていた。


 言葉はださない。


 僕達はそのまま、普段使うはずのないとある寝室に入る。


 各寝室には使わないがちゃんと寝具が入っている。その中、窓を内側にずらす・・・・・・


 実はこの家の窓というのは内側にずらすことで外れるようになっているが、そこに仕掛けが掛けられており、窓が開いたように見えない仕掛けが仕組まれている。


 外から見る分には窓が開いたようには見えないのだ。ただ、弱点もあって、もちろん見え方だけなので風が入って来てカーテンを揺らすので不自然に見えるのだ。


 この部屋は普段から使わないので、カーテンを閉めていない部屋だ。


 二階の壁を伝ってゆっくりと一階に降りる。草木一つ生えていないので、こうして僕達が歩いても全く気付くことがない。ただ、承認外の人なら警報がなる仕組みになっている。


 僕達は真っすぐ走り込み、すっかり上昇したステータスに物言わせて、壁を駆け上がる。


 宵闇の衣に魔素を通しているので、暗い闇に同化しているからか、僕達が近くを通っても見張りの人は気づかなかった。


 それにしてもほぼ全方位を見張るのか。大した執念だなと思う。


 僕達はそのまま真っすぐ――――スラム街に向かった。

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