第56話 変わっていくモノ
か、可愛い……ただその言葉しか出てこない。
こちらに顔を向けて「うん?」と首を傾げながら、ソフトクリームを美味しそうに食べている妹が見える。
兄として恥ずかしいけど、妹が力に目覚めて金髪になっているとは思わず、ずっと黒髪に変装していた。それもスキルらしくて染めるとかではないみたい。
元々可愛いとは思っていた。毎日見て来たから慣れていたのはあったかも知れない。
こうして可愛い衣装に身を纏い、今までとは違う金色に輝く姿は、どこか妹ではなく雑誌に写っているモデルのように、どこか現実ではなく夢に写る幻想のようにも感じる。
「えっと……り、六花だよな?」
「へ? 六花は六花だよ? どうしたの?」
目を丸くして僕を見つめる。
「いや……目の前に天使がいるからちょっと驚いてしまって」
自分で言っておいてあれだが、言い得て妙だ。天使という言葉。
軍蔵に踏まれていた僕を助けてくれた凪を見上げた時、美しい銀髪をなびかせていた。まるで天使の羽根のようにふわりとなびく髪は、彼女の動き一つ一つに反応して波を打っていた。
毎日一緒にいるけど、こうして着るモノ一つで、髪型を少し整えただけで、髪の色が変わっただけで印象がずっと変わってしまう。
ここに来るまでも多くの人が六花の可愛さに目を奪われているのが分かる。
「へ? ――――――――」
顔を真っ赤に染めた妹が何かを言おうとして、顔を埋めた。
「あ、ありがとぉ…………」
「!? ご、ごめん! 変なこと言った!」
「え!? 変なこと……? 六花は可愛くないってこと?」
「い、いやいや、めちゃくちゃ可愛い! 世界一可愛い!」
誤解されないように言っておくと、本当に世界一可愛いと思っている。
妹の顔が笑顔で花を咲かせる。
段々神々しくなっていく妹は後光まで照らされている。
「にぃってば、私はずっと前から可愛かったんだよ~?」
いつもの調子に戻った妹がいたずらに笑う。
恐らくだけど……僕に余裕がなかったからそれに気づかなかったのかも知れない。
本当はもっと早くにこういう可愛らしい服やアクセサリーを買ってあげたかった。そのために日々頑張っていたのに、いつの間にか生きるのに必死になっていたんだな。
ふと、ここからでも見えるクラウンダンジョンが視界に入る。
見上げたダンジョンはどこまでも続いていているが、昔感じていた果てしない
「なあ、六花」
「う~ん?」
「探索……辛くないか?」
僕に釣られてダンジョンを見上げる妹に疑問を投げかける。
「うん。全く辛くないよ? どちらかというと、にぃがダンジョンに向かってる間、一人で家にいる方が辛かったかも。もしにぃが帰って来なかったらどうしようって…………」
「そうだったな。これからも一緒に頑張ろう」
「うん!」
「それより――――六花?」
「うん?」
僕は妹が手に持ったモノを指差す。
「アイス溶けてるよ?」
「あ~! にぃのせいだよ!」
溶けかけているソフトクリームを急いで食べ始める妹が可愛くて声を出して笑う。
少しこぼれて手に付いたモノはハンカチを取り出して拭いてあげた。
それから両手いっぱいの荷物を持って、屋敷に帰って行った。
◆
「栞人さんのいけず……」
入って早々ジト目で出迎えてくれた花音が、悔しそうに言葉を投げかける。
「どうしたんだ?」
「なんでもありません……」
もしかして…………一緒に出かけたかったのか? それとも欲しい服でもあったのかも知れない。
「花音も服が欲しいのか? 来週一緒に行こうか?」
「へ? へ!? ええええ!?」
いやいや、そこまで大袈裟に驚くモノなのか?
「そういうことじゃないんですうう!」
逃げるように屋敷の中に入っていく花音の後ろ姿を見守る。一体どうしたんだ?
花音は大掃除をすると言っていたな。普段から綺麗に保っているのであまり気づかないが、ゴミというのは見えない部分にも積もっていくから放っておいたら溜まるから、大助かりだ。
手伝いたいと何度か申し出たけど、彼女曰く大掃除は一人でやりたいらしいからな。今度何か買ってあげようと思う。
…………そもそもお返しを考えるあたり、僕自身も随分と現状や考え方が変わった気がする。昔なら考えも付かなかった。でも遅いってことはない。今まで苦しかった分はこれから返して行こうと思う。
リビングでのんびりしていた絵里さんが手を上げる。花音も絵里さんも夕飯は喫茶店『黒猫』で宅配を頼んで食べたみたい。
凪はまだ帰ってこなかったみたいだな。
みんなが寛いでいる間に、俺は部屋に隠し持っていた木刀を持って外に出た。
日が傾いて暗くなりかけている時間帯、街の照明もちらほら付いているのが見える。
広い庭からビルを眺めながら木剣を振り下ろした。
凪から教わった剣術のことを意識して、力だけで振り下ろすのではなく体の重心を意識して重力に乗せて木剣を流れるように振り下ろす。
シューッと風を斬る音が少し気持ちいい。
何度も何度も繰り返していると体が熱くなって額を流れる汗を感じた。
その時、後ろからパチパチという拍手の音が聞こえて来て振り向くと、そこにはまだ出て間もない満月の明かりを受けて綺麗に光り輝いている凪が立っていた。
「おかえり」
「ただいま。凄く綺麗なフォームだね」
「そ、そう? 自分ではよく分からないや」
「昔はへっぽこだったのにな~ケントくんももう大人になっちゃったか~」
おばさん風な言い方をする凪。
「そりゃ~師匠が素晴らしいですから~」
「ぷふっ。えっへん! 私がケントくんを育てた~!」
「違いないや、あはは~」
凪との笑い声が夜空に響き渡った。
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