第54話 服
朝食を食べて、今日は休みということで、それぞれ自由行動となった。
「ということで! 今日の目的地はここだぞ~!」
「に、にぃ? こんな場所に来て大丈夫なの?」
不安に染まった顔で場違いなところに来てしまったかのようにキョロキョロ周りを見つめる妹が可愛らしい。
妹が不安がるのも分かる。僕達がこういう場所に来るなんて、人生初めてのことだからね。でも僕は事前にリサーチはしているんだ……!
左手で妹の右手を握り扉を開けて中に入っていく。
すぐに「いらっしゃいませ~」と甲高い声で優しい笑みを浮かべたお姉さんがやってきた。
「すいません。一つお願いがあるんですが」
「はい。どうぞ」
「僕達。今まで貧乏で服を買いに来たのが初めてでして。最近やっとまとまったお金ができたので思いっきり衣服を揃えたいなと思いまして、いくつがコーディネートして頂けませんか?」
「!? も、もちろんでございます。お二人にとって素晴らしいモノになるコーディネートを任せてくださいませ!」
少し怖がっている妹の背中を押してお姉さんと共に行かせる。
連れられて行く間、一瞬だけ僕を見つめる妹に勇気を出せと笑顔で頷いてあげた。
実は以前梨乃さんから言われたのだが、せっかく生活費を超えて余裕が持てたのなら、借金はあるかも知れないけど、無理して返す返せる額ではないから、最初に妹の衣服を沢山買ってあげたらいいと助言を貰えた。
あまり記憶にないけど、両親が生きている時は時折服屋で服を買ってはいたけど、もともと裕福な家ではなかったので自分達で服を買いに来るのは正真正銘初めてだ。
梨乃さんに事情を説明すると、このお店と、入った時の『呪文』を教えてくれたんだ。
本当に魔法の『呪文』みたいにお姉さんは僕達の事情を汲んでくれて、ちゃんと目的を遂行してくれそうだ。
すぐにもう一人のお姉さんが僕にやってきて男性モノがある方に案内してくれた。
お姉さんは色んな服を僕に当てながら素早く上下セットを作り始めた。
あまりの鮮やかな手際に驚くと、それに気づいたのは小さく笑みをこぼしていた。
「ではこちらのセット五つに着替えて頂けますか?」
「分かりました」
お姉さんから手渡された服を持って試着室の中に入り着替える。
いつも着ているダボダボな服じゃなくて、自分の体にビシッと当たる細めのズボンなのに、シャツは少し大きめで腰よりも下にきた。さらにベルトも赤くて長いせいで収まらず垂れる形になった。最後にネックレスを着用して今までの自分ではないようで、鏡に映っている自分の目が大きく見開く。
試着室の入口のカーテンを開くと、お姉さんが待っていてくれて着込んでいた服を称賛してくれる。
正直にファッションとかよく分からないけど、常に服を見ているプロに言われるなら信頼していいと思うし、彼女達はただ売りたいというより、初めて買う服を良い思い出にしてくれるために考えてくれたのが伝わってくる。
それからいくつかのセットに着替えていく。最初は「また着替えるのか……」なんて思っていたけど、次々新しい服を用意してくれて、しかもどれも違う感じが楽しくなってきて、すぐにノリノリで着替え始めた。
最後の服を確認してくれたお姉さんから親指を立てられて五つのセットを全部購入することにした。
早速一番気に入った最初の服に着替えて妹の方に向かうと、丁度妹も一番気に入った最初の服に着替えているそうだ。
妹がどういう服を着ているのかが楽しみでワクワクしながら待つ。
もし僕に恋人がいるなら、恋人の着替えを待つ気持ちってこういう気持ちなんだろうか?
ふと笑顔の凪が思い浮かんでしまって顔が熱くなるのを感じた。
妹が着替えている時にそんなこと思ってる場合か! と思って顔を左右に振って雑念を払う。
すると試着室のカーテンが開いた。
腰までストレートに伸びた金髪が眩しく、金髪の光を強調するかのように膝の上の太ももがほんの少しだけ見える真っ白なワンピースで妹の可愛らしい両肩が露になっていて、綺麗な鎖骨があどけない妹の可愛さをより強調するかのようだ。
綺麗な生足を支えるのはワンピースの色と正反対の黒色の丸みを帯びている靴で、靴から白いふりふりの靴下がまた可愛らしい。
そして最後は前髪を開くように左右にヘアピンでとめて、綺麗な肌をより多く見せるようにした妹は、言うまでもなく世界最強の兵器と謳っても間違いないだろう。世の中の男性なら全員落とせるくらい妹の美貌は兵器そのものだ。
「美しい…………」
「へ!? にぃ? あ、あはは…………似合う?」
「!? め、めちゃくちゃ似合う! 世界一可愛い!」
気恥ずかしそうに笑う妹を今すぐ抱きしめてあげたくなるけど、もうそういう年齢じゃなくなったんだなとちょっとだけ悲しくも思う。
僕と妹の衣服代金をしっかり支払って、何度も感謝を伝えると、お姉さんたちは何故か大きな涙を目に浮かべて、来店してくれたことを感謝してくれた。またいつでも来てくれたらコーディネートは任せてくれと言われたので、必ずまた来ると約束をして外に出た。
「六花? どうした?」
少しだけ距離が離れた妹に気付いて振り向いて声を掛ける。
「え、えっと……ご、ごめん…………」
何に対する謝罪なのか分からなかったが、少しだけぎこちない歩き方に気付いた。
そうか…………妹は
靴は革で作るのが多く、いつものスニーカーとは違い少しだけ背が高い。だから慣れない歩き方になるのも当然だ。
「ゆっくり歩こう」
手を伸ばして、久しぶりに妹と手を繋ぐ。
こうして二人で手を繋いで歩いたのはいつぶりなんだろうか。
そんな日常が少しだけ幸せに思えた。
久しぶりに二人きりで街を周りながら、好きなモノを食べながら、面白そうなモノがあればちゃんとお金を使って遊んだり、妹が欲しがっていたアクセサリーを買ったりと、衣服だけでも両手が塞がる程だったのに、どんどん荷物が増えていく。
こういう時、アイテムボックスのスキルがあればいいんだけど、僕が持っているのは魔石専用だからな……。
少しだけ重いけど、僕にとっては幸せの重みなので、感じる重みを噛みしめながら帰路についた。
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