第30話 花音の実力。そして

 花音さんが背中に付けている弓は、本体が組み立て式になっていて、取り出して手にすると同時に、内側に折り畳まれていた上下のリム部分が花開くように起き上がり弓の形を生成した。


 普通の弓がこんな組み立て式とは思えない。それにこの弓には致命的な問題があった。


 それは――――


「弦がないけど、大丈夫なんですか? 花音さん」


「ええ。問題ありません」


 そもそも折り畳まれていた弓なのだから、そういう仕掛けはあるのだろう。


 次の瞬間、見えないはずの弦をそっと右手を添える。


 弦もないのに?


 次の瞬間、弓の一番上から赤い光が下に降りてきて、赤い弦に変わった。


 そして、矢を付けることなく弦を引っ張る。


 何もないのに弦を引く姿は少し滑稽なものにも見えてしまうが、その理由はすぐに分かった。


 弦同様引っ張った弦から正面の方に光の矢が一本現れる。


 遠くのゴブリン三体を狙って花音さんが右手を離す。


 意外にも弦が揺れる音は全く聞こえず、飛んでいく矢の音も聞こえない。


 それでも矢はしっかりと真っすぐ飛んでいく。まるで重力すら感じないように真っすぐ飛んでいった。


 そして――――ゴブリンに当たる直線、光の矢は三つに分裂してそれぞれのゴブリンの頭に直撃し、ゴブリン三体が一瞬でその場で倒れ込んだ。


「これは花音のスキルで分裂矢です~他にも当たったら周囲に爆風を放つ衝撃矢と、固い魔物の鱗を貫く貫通矢、各属性の矢も使えます」


 淡々と話しているけど、花音さんが言っている事が全てとんでもない事くらい、まだ駆け出し探索者である僕ですら理解できる。


 ただ一つだけ気になる事がある。


「花音さんの実力は十分に分かりました。でも一つだけ気になる事があります」


「ど、どうぞ?」


 花音さんって意外とダンジョンの中では普通に受け答えできるんだな。


「僕達は前衛が二人いて、後衛魔法使いの構成です。うちの妹が後衛として成り立っているのは、魔法の精密さ・・・があるからなんです」


 前衛は後衛の位置が分からない。だからこそ、後衛は常に前衛の動きと敵の動きを把握していなくちゃいけない。


 もし自分が放った魔法や矢が味方に当たった場合、パーティーは深刻な状態に陥り、場合によっては死にも直結する。


 後衛は決して楽な立場ではなく、常にそのリスクを背負っていなくちゃいけなく、前衛は後衛を信じ続けなくちゃいけない。


 僕の場合は六花を全面的に信頼しているので、もし六花に撃たれても何とも思わないだろうけど、多分致命傷になるだろう。そうなると悲しむのは六花自身だ。


 それ程に難しい後衛を請け負っている六花は、今まで僕が魔石採取を頑張っていた事を自分のせいだと思っている六花だからこその覚悟だ。


 実力ももちろんだが、覚悟を問う。


 花音さんの目が狩人そのものに変わる。


 僕の質問が間接的なモノであることを汲み取ったからだろう。


 そして、次の瞬間、目にも止まらぬ速度の早業で矢を放つ。


 一瞬の出来事で矢を放つ彼女の姿を追うだけで動けなかった。いや、動かなかった。


 次に起きた事は僕の右耳を通り過ぎるによって、僕の黒い髪がふわっと広がった。


「花音は弓に関しては絶対的な自信があります。それに――――自分が認めた人達を傷つけるつもりは全くありません。花音に背中を預けたくなるまで力を示します」


 まだ出会って間もないはずなのに、彼女の覚悟が籠った言葉が僕達の心臓を高鳴らせる。


「分かりました。では、次は僕達の番ですね。五層に向かいます」


 一気に五階まで走って行った。


 道を走り抜けながら目の前のゴブリンを凪が斬り捨てていく。


 五階にやってきた僕達はいつもの狩りを始める。


 心地よいくらいに後ろから光の槍が飛んで来て援護してくれるし、凪も決して僕を置いていくことなく、しっかりサポートしてくれる。


 数十分の狩りを終えて、誰もいない入口付近に戻って来た。


「これは今の僕達の実力です」


「…………」


「そろそろ六階に向かおうとは思ってます」


「…………正直に言いますと、思っていたより――――――がっかりしました。凪さんの実力は理解しています。六花さんの実力も非常に高く、あれだけ魔法を連発できる時点でとんでもない強さなのは理解できます。ですが――――――栞人さん。私の目では栞人さんが皆さんの足を引っ張っているように見えます」


 全く悪びれることなく感じた事を素直に言ってくれる花音さんは、普段の不思議な性格と相まって、思った事を素直に言える人だと分かる。


 僕はそんな彼女を――――――信頼できると思う。


「確かに花音さんの言う通り、この中では僕が一番弱いですし、荷物です」


「そんなこ――――」


 凪が何かを言い返そうとしたが、すぐに制止した。


 不安そうな顔を浮かべる凪に僕は優しく首を横に振った。


「僕は最弱であり、ハズレ才能のカード系の才能なんです」


「カード系でしたか……花音が知っている範囲ではカード系にしては強かった気がしますが……」


「それはありがとうございます。これでも凪と六花が入っているパーティーのリーダーですからね。ごほん。話が逸れましたが、確かに今の僕は弱すぎます。だから絶対に強くなります。ただ、今すぐは難しい。だからこそ僕は――――こういう事でみんなの役に立ちます」


 そして、僕はここに来るまでに倒して、五階で倒した魔物達の魔石・・を全て取り出した。


「今日倒して採取した・・・・魔石です」


「えええ!? う、嘘おおおお!?」


 花音さんが変な顔になって大きな声で叫んだ。


 やっぱり自分の感情に素直で、嘘が嫌いな性格の人だなと、この人なら信頼できるし、凪からも六花からも好かれる理由が分かる気がした。

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