第10話 命の危機(天使たちによる)

「「さあ! どっち!」」


 僕はいま命の危機に直面している。


 目の前の天使二人が険しい表情を浮かべて睨んでくるのだ。


 こうなった原因というのが――――




 数時間前。


 首が痛くなるくらい塔を見上げた帰り道。


 僕達は両手いっぱいの魔石を買取センターで売り払った。


 全部僕の買取ポイントにしようという話になって、ゴブリンのFランク魔石を百個、計150,000円にもなった。


「えっと、凪の取り分は――――十五万の九割だから…………」


「待って。どうして私の取り分がそんなに多いの?」


「ん? ゴブリンを倒したのは凪でしょう?」


「えっ? でも魔石を採取したのはケントくんでしょう?」


「「???」」


 凪と目が合ってお互いにはてなマークが飛び交う。


「ケントくん? 本来なら魔石採取した側が五割もらうんだよ? 残りを他のメンバーで分けるの」


「五割!?」


「そうだよ? だから75,000円をケントくんが、37,500円を六花ちゃんが、残りが私だよ?」


「いやいや! そんな申し訳なくてもらえないよ!」


「でもそれは本来の相場だからね? 今までケントくんが使われてただけだから」


 全くの初耳である。


 探索者ギルドでもそういった事は言ってなかったけど……そういや、報酬の分け方は推奨のモノはあるが、基本的にはパーティー内で決めるモノだと軍蔵が言っていた。


 だから僕の取り分は十分の一以下になっていた。


「じゃあ、半分を凪姉に、半分とにぃにしたらいいんじゃない?」


「「えっ?」」


「そもそも私はお金とかいらないから、いつも通りにぃからもらうし、半分にしたらいいんじゃない?」


「!? 待って。それなら三等分にしてみんなで分けましょう。それならみんな不満がないでしょう?」


「私、何もしてないのに?」


「そんな事ないわよ。ちゃんとスキルでケントくんをサポートしてくれたし、これからも六花ちゃんは活躍すると思うからね。じゃあ、これからは報酬は全員で三等分にするって事で決まりね!」


 凪がそう言うなら僕として不満がないというか、むしろ満足しすぎて、こんなにも沢山貰っていいんだろうかと不安にさえ思える。


「はい。にぃ」


「ん?」


「私の分はいつもにぃに渡すね! 今までと同じでいいよ!」


「い、いや、そういうわけには……みんなそれぞれ頑張ったお金なんだし、六花が僕に預けたい気持ちは分かるけど、僕としては六花が好きなモノを買って欲しい。きっと僕には言えない物もあるでしょう?」


「え~」


「ごほん。六花ちゃん。ケントくん。もしそれならさ、食費は全部六花ちゃんが持ったらいいんじゃない?」


「ええええ!?」


「それで余ったケントくんのお金はこれから探索者としての装備品だったり、自分の分と六花ちゃんの分を買ったらいいと思う。それにね。私の予想では『カードコレクター』は、カードが多く必要になると思うの。でもカードは高額で集めるのも大変。それならケントくんがお金を貯めて戦力を増やしてくれる方が六花ちゃんのためにもなると思う。どう?」


 確かに凪の言う通りではある。


 欲を言うなら、新しいスキルのおかげでモンスターカードの性能が、広く知られている内容から大きく離れる事となる。


 ゴブリンカード+は単純に性能が十倍増になったのだが、他のモンスターカードもそうなるとは限らない。


 だからこそ、いろんなモンスターカードを手に入れて試したいという欲はある。


 でもそれよりも、何よりも六花の生活の向上だ。


 今のボロ家からも離れて、もう少し安全な場所に住みたい。


「私はそれがいい!」


「分かった。六花もそれでいいなら、僕も異存はないよ」


「ふふっ。まさかゴブリンだけを倒してこれだけ収入を得られるとは思わなかったわ」


「そこまで?」


「ええ。探索者が報酬を得るのは、大きく分けて『魔物の素材』『モンスターカード』『魔石』の三種類なの。素材は上位種じゃないとまず買取額がつかないので、無駄になるし、部位によっては活用できないのもあるし、大きさも大きいからあまり取れないのよね。だから小さくて高額な物が狙われやすいよ。二つ目のカードが一番の収入源ではあるんだけど、出て来る確率があまりにも低くて何か月も時間が無駄になる場合がある。魔石は採取さえできれば、安定して稼げるからね。ゴブリンよりも上位魔物はもっと良い魔石が取れるから、ケントくんならすぐお金持ちになると思うよ?」


「そ、それは嬉しいな」


 まだまだ途方に暮れるような話だが、いつかそうなる日を願うばかりだ。


 その日は、妹と凪が共同でお金を出し合って食事まで作ってくれた。


 代わりに他の家事は全て俺が請け負ったけど、堂々と魔法を使う妹の前に、やる事が殆どなくなった。


 なにせ、魔法一発で皿洗いは終わるし、布団や部屋の掃除も終わるし、風呂掃除も一瞬だ。


 もはや一家に一人六花がいるだけで、全ての家事が一瞬で終わると思う。


 しかし、


 俺に大きな問題が起きていた。


 食事中の出来事。


 洋食を作ってくれた凪と、和食を作ってくれた六花の間で何故かバチバチ雷が飛び散るくらいプレッシャーが放たれ、二人から出された料理を交互に食べるように言われ――――――


「にぃ? 和食の方が・・好きよね?」


「ケントくん? 和食はきっと食べ飽きたと思うんだけど、洋食の方が新鮮で美味しいわよね?」


 と、二人から迫られた。


 命の危機を感じながら、何とか、両方美味しいという事で落ち着いたこの事件は――――――この先もずっと続く天使達の戦いになろうとは、この時の僕は思いもしなかった。

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