第7話 一筋の光

 二人の天使が声を上げて笑う。


 可愛い天使と美しい天使。


「にぃ。もう起き上がれるでしょう? ご飯にしよう? 綾瀬さんの料理、すごく美味しそうだよ?」


 妹に言われた通り、たしかに美味しそうな匂いがする。妹自身も料理が上手いからいつも美味しいご飯を作ってくれるのだが、属性が違うというか、和食中心の妹の料理とは違い、洋風の香りがする。


 テーブルの上には予想通り、洋風料理が並んでいた。


「美味しそう~!」


「もう少しでできるから待ってね~」


「は~い!」


 椅子に座ると同時に腹の虫が「はよう食わせてくれ~!」と元気よく鳴り響く。


 苦笑いを浮かべた綾瀬さんが次の料理を持ってきて、椅子に座った。


「まず食べようか」


「「いただきます!」」


 色々聞きたい事、話したい事も多かったけど、そんな事よりも先に目の前の美味しそうな料理にかぶりつく。


 口の中に広がる甘いトマトの香りがより洋風の旨さを引き立てて夢中になって食べ進めた。




「旨かった…………」


「私、洋風は作るの苦手だから凄く新鮮…………」


 静にもたれてそれぞれの感想を並べる。


 妹もすごく満足したようで、だらける姿に笑みがこぼれてしまった。


「そういえばまだ感謝を伝えてませんでした。助けてくださり本当にありがとうございました!」


「同じ歳だからかしこまらなくてもいいよ?」


「ええええ!? 年上じゃなかった!?」


「……私ってそんなに老けてる・・・・ように見えるんだ?」


「い、いや! そういうのじゃなくて、こう、大人びているから、決して、老けてるとは、まったく、違う、思ってない!」


 言葉が、上手く、まとまらない、喋れない。


「にぃ。落ち着いて」


「お、おう」


「それよりも綾瀬さんから話は聞いたよ? 私のためにずっと苦労していたって……」


「それは違う。いや、たしかに六花のためにと思って頑張ってはいたけど、それは六花のせいではなくて、僕が六花のためにしてあげたかった事だから、六花が謝る必要はないし、僕が弱いせいだから」


「にぃ…………」


 隣の妹に手を伸ばして、優しく頭を撫でる。


 しょぼくれた表情が少し和らいでいく。


「えっと、ケントくんはどういう才能を持っているの?」


 妹に聞いたからか、僕の名前を呼んだ。


「『カードコレクター』という才能なんだ……」


「ん? 初めて聞く才能ね。名前からすれば特殊系才能かな…………でもコレクターという意味が難しいね」


 少し考え込んだ彼女は独り言をつぶやき始める。


 僕のために考えてくれる姿がとても嬉しくて、でも申し訳ないという想いも込みあがってくる。


「あ、あの。綾瀬さん」


「私のことは、なぎと呼んで」


「な、な、な、名前で!?」


「助けたお礼でいいのよ? 名前で呼んで」


「…………」


 いやいや、それは寧ろご褒美だろう。


「こほん。凪さ――――」


「凪」


「…………凪。カードは入手してみたけど、残念なことに装着しても効果がなかったよ」


「才能の名前的には集める事で効果がありそうだけど、まだレベルが1だとするなら、スキルを手に入れれば変わるかも知れないね」


 レベルを上げれば、新しいスキルを手に入れられる可能性もある。


 それができていれば苦労はしない。


「ケントくん。私と契約しない?」


「えっ?」


「魔石採取。素材採取。私では難しくて、それをケントくんにお願いしたい」


「っ!? ぼ、僕なんかでいいのか?」


「魔石採取って非常に繊細な仕事で、中には売り物にできない魔石が多いの。ケントくんが採取した魔石は何一つ無駄になってないんでしょう?」


「それはそうだけど……」


 魔石採取が難しいと聞いた事もない。


 僕は軍蔵にやらされるがままにやっただけで、売り物にならないと給料が減ったから必死になって一年間修業してきた。それが普通だと思って。


「さっき、ケントくんは自分が弱いせいだと言っていたけど、私はそう思わない。君の仕事ぶりは一目見ただけで丁寧さが分かるし、それが六花ちゃんのためだとするならば、六花ちゃんはお兄ちゃんを誇ってもいいと思う」


「!?」


 思わず涙が溢れた。


 強くなりたかった? いや、違う。


 誰かに僕という存在を知ってほしかった。


 僕が頑張っている事を。懸命に生きている事を。


 一年間あの地獄のような作業を耐え抜いたからこそ、凪という探索者に認められて、自分の頑張りが認められた。


 こんなに嬉しいことはない。


「にぃ。これからは私も一緒に戦うから。一緒に頑張ろう?」


「それがいいわ。前衛は私がする。六花ちゃんがいると私も助かるからね。二人とも。私とパーティーを組んでくれない?」


 凪はずっと孤高の双剣銀姫と言われていた。


 ずっと一人であの高い頂を目指して日々健闘していたはずだ。


 それがどうしていまになって、僕達兄妹とパーティーを組みたがるのだろう。


「私がパーティーを組みたがるのが不思議?」


 彼女の質問に頷いて応える。


「あのダンジョンの二十階にいるフロアボスに勝てなかった。あの時、私一人ではあの塔を攻略できないと悟ったの。だから仲間を集めないといけないけれど、信頼できる仲間はそう簡単にできるものじゃない。でも君は――――田中栞人は信頼に足りる人だと私は感じたよ。仕事ぶりを見れば君がどれだけ誠実で優しいか分かるから。六花ちゃんもね」


 満面の笑みを浮かべた彼女は、僕と妹の暗い心に一筋の光となった。

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