第5話 絶望の先にあるもの
軍蔵に強制的に契約をさせられて一週間が経過した。
僕は殺されないように毎日必死になって働いている。
いまほど自分に力がない事を恨んだ日々はない。
十歳になって開花する才能。
両親を亡くしてから妹に贅沢な暮らしをさせられるかも知れないと、胸を躍らせていたのに、『カードコレクター』というハズレ才能を開花させてしまった。
狩りもできず、バイト先も全くなく、誰かに頼る事もできずにここまでやってきた。
どうして神は僕たちに優しくしてくれないのだろうか。
今日も仕事を終えて
初めてこの塔を見た時は、夢に膨らんでいたのに、僕の力ではゴブリン一匹まともに倒せない。
だからお金を貯めて武器を買えれば変わると思ったのに、こんな奴隷のように働かされる毎日。
妹を守るために逃げ出す事もできず………………違う。妹のせいじゃない。妹は何も悪くないじゃないか。どうして妹のせいにしようとしているんだ。
悔しくて涙が流れる。
もっと僕に…………。
「あの…………何かお困りですか?」
僕の前から声が聞こえて来る。
見上げていた視線を下げると、目の前には美しい銀色の世界が広がっていた。
「っ!? ぎ、銀姫!?」
彼女の声なんて聞いた事もなかったけど、想像していた通りの美しい声、目の前に僕を見つめる姿も遠目から見ていた彼女よりもずっとずっと綺麗だ。
「ダンジョンを見上げて泣いていたので、何か困ってる事があるなら手伝いましょうか?」
「い、いえ! な、なんでもありません!」
思わずその場から走り去ってしまった。
彼女が強い探索者なのは知っているけど、僕の悩みは探索者絡みの出来事だ。
それを彼女に相談するのは筋違いというモノだろう。
けれど、彼女の言葉に自分が悲惨な表情を浮かべていた事だろうと思う。
だから…………前を向こう。
生きていれば、必ず良い事もあるだろう。
いつか強くなって軍蔵を越えて、探索者となって妹と共に楽しい毎日を送って生きたい。
そう決意した。
◆
次の日から僕はやる気に満ちていた。
ゴブリンの魔石採取も辛いとは思わなくなった。
最近は妹がまた笑ってくれるようになったし、目標もできた。
「…………」
ただ、僕を睨んでいる軍蔵の視線を感じることができなかった。
一週間後。
今日も軍蔵が倒したゴブリンの魔石を採取していく。
以前なら返り血を沢山浴びてしまうが、今はナイフを上手く使い返り血も極力浴びないように解体している。
それもあって、悪臭まみれになる事は少なくなった。
しかし、
「…………雑魚があああ!」
後ろから怒る声が聞こえて、僕の顔がゴブリンの切り裂いた腹部に打ち付けられた。
後頭部から感じるのは軍蔵の靴の感触。
「てめぇみたいな雑魚はゴブリンの悪臭まみれにならなきゃならないだろ! なに上手い事をやって悪臭を取っているんだ? ああ?」
息ができない。
悪臭に慣れているとはいえ、ゴブリンの悪臭が鼻の先だとこれほどまでに辛いなんて…………。
後頭部から靴の感覚が無くなったので、急いで土下座をする。
「す、すいませんでした。これからがちゃんとやります」
「雑魚が。変なやる気なんか出すんじゃねぇ。てめぇみたいなのは――――――そういや、お前。妹がいるな?」
………………は? 妹?
「そいつの妹って中々可愛いですよ~軍蔵さん」
一体何を言っ…………。
見上げた軍蔵の表情が、まるで獲物を狙うかのような、卑猥にも見える表情を浮かべる。
「兄がこんな仕事をしているのに、妹は家でぬくぬくしているのか? それは悪い妹だな~
お仕置き? 一体こいつは何を言っ…………。
軍蔵と取り巻きが嫌らしい笑みを浮かべる。
それが何を意味するかくらいは分かっているつもりだ。
「ふ、ふざけるな! 妹に手を出――――」
すぐに僕の顔面に軍蔵の蹴りが叩き込まれて、体は大きく後方に吹き飛ばされる。
――――痛み。
それはどうでもいい。
妹だけは絶対に守りたかった。
なのに、僕の力では軍蔵に敵うはずもなく、続けて殴られても防ぐ事もできず、ボコボコにされるばかりだ。
後ろからは笑い声と、妹をこれからどうするかの言葉が聞こえてくる。
許せない。
僕だけならまだ知らず、妹にまで手を出そうとする最低な奴らに、僕は全力でとびかかるが、返り討ちにされるだけだ。
「くっくっくっ。ごめんなさい。妹は自由にしてくださいと言え。雑魚」
「だ、誰が…………」
「ふっ。どこまで耐えられるか見てやる。
そう話す軍蔵の容赦ない殴り蹴りが僕を襲う。
自分の無力さに涙が溢れてしまった。
一体僕が何をしたというんだ。
ただ一つだけ。妹と一緒に生きていたいと思っただけじゃないか。
それすらダメだというのか?
ダンジョンを作ったとされる女神は、そこまで僕達兄妹が目の敵なのか?
「いひひひ。軍蔵さん。そいつの妹ってもう十四歳らしいですよ。結構可愛いみたいです」
「ほお。それは遊び甲斐がありそうだな」
舌を舐めずる姿に僕の中にある怒りが溢れる。
絶対に許さない。
妹に手を出すやつは誰であろうと――――――
「そこまでにしなよ」
その時、美しい声が響いた。
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