第4話 絶望

「おいおい、雑魚。ここで何してるんだ!」


 双剣銀姫に見とれていると、僕の後方から声がする。


 視線を真逆に移すと、怒りに震えている軍蔵が僕を見下ろしていた。


「えっ?」


「毎日俺様が使ってやったのに恩義を忘れて仕事をサボるだ? いい度胸しているな? てめぇ……」


「い、いや、あの仕事は毎日更新と軍蔵さんが……」


 元々魔石採取の仕事は長期契約か短期契約を結ぶのだが、軍蔵は短期契約の中でも毎日更新を選んでいる。


 仕事は国の探索者ギルドを通して登録しているので、選択したのは本人である。


「いつからそんなに偉くなったんだ!? ああん!?」


 今まではただバカにするだけだったが、怒りに染まった軍蔵が僕の胸ぐらを掴んだ。


 ゴブリンカードを装着しているからと言っても、軍蔵に敵うはずもなく、僕の体が宙に浮く。


 そして当然のようにもう一つ余った腕が僕の顔面に目掛けて飛んで来て、痛みと共に大きく吹き飛ぶ感覚を味わう。


 すぐに体が地面に叩きつけられ全身から痛みを感じた。


「俺様が毎日雇ってやってるのに、てめぇが勝手に断るんじゃねぇ」


 正直に言えば、もう彼の仕事を請け負いたくはない。


 僕も魔石採取の仕事にプライドを持っているけど、それに対するリスペクトの欠片すら感じない。


 それでも唯一良かったのは、買取ポイントを譲ってくれていた事。


 仕事に対する報酬も何度も値切られ、最初の三分の一まで減らされたりと、買取ポイントが貯まったら二度と請け負うつもりはなかった。


 なのに、まさかこんな事になるなんて…………。


 周りには多くの探索者がいるけど、探索者同士の争いごとにあまり首を突っ込みたがらない。


 それもそうで、探索者は実力主義によって、戦いともなれば、下手をすればどちらかが死んでしまう事もある。


 国は理由のない殺人は犯罪としていながらも、探索者同士の決闘による死亡は黙認するという現状がある。


 決闘という理由なんていくらでもでっち上げられるので、その気になれば、僕は軍蔵と決闘を強制させられる可能性がある。


 いまの僕では絶対に彼に敵わない。


 なんとかしなければ…………。


「一度だけ許してやる。代わりに――――そうだな。給料を半分だ」


「っ!?」


「なんだ? 不満か? ああ?」


 三分の一にまで下げられた給料をさらに半分にする!?


 僕を見下ろす視線に殺気が込められている。


 魔物とはまた違う殺気に恐怖を覚えずにはいられなかった。


 全身が震えて、ふと妹の顔が浮かぶ。


 このままでは…………殺されてしまうかも知れない。


 助けてくれる誰かがいるわけでもない。


 魔物なら全力で逃げればいいが、人相手にはそれも無理だ。


 後ろにはニヤケ面でこちらを眺めて声を上げて笑う取り巻き達が映る。


 生きるために…………妹を悲しませないために…………。


 気づけば僕は軍蔵の前で土下座をしていた。


「すいませんでした。今後は毎日勤めさせていただきます」


「わかりゃいいんだよ。雑魚が。今度やったら――――――殺す」


 その日の事は帰るまで覚えていない。


 言われるがまま魔石を採取したのは覚えている。


 心なしか、カードのおかげで魔石採取が少し楽になったのだが、自分の体を支配する恐怖に動かされて、気が付くといつの間にか家に帰って来ていた。


「六花……?」


「にぃ。私がいるから。大丈夫だから…………だからもう無理しなくていいよ?」


 僕を抱きしめてくれる妹が見える。


 ゴブリンの返り血で悪臭がしているのに、僕を抱きしめてくれる妹の暖かい体温が伝わってくる。


 胸元に――――涙の暖かさが伝わってくる。


 でももうダメだ。


 僕が思っていた以上に軍蔵は僕を奴隷のようにこき使うつもりだ。


 それに収入がさらに半減されてしまって、生活もどんどん厳しくなっていく。


 逆らった場合…………僕よりも妹が危ない目に遭う可能性がある。


 国に頼るか?


 でも未遂の事件に対して動いてくれないし、僕の件は決闘だと言い切られかねない。


 そういう風になるわけにはいかない。


 何としても妹を守るために頑張らないと…………。


「大丈夫だ。六花。大丈夫」


 彼女の悲しげな瞳が僕は記憶にこびりついて忘れる事ができなかった。

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