後編

 目が覚めると俺は見知らぬ岩場にいた。辺りを見てみても、ここがどこかは一切分からない。


「おいアンタ!そこにいると危ないぞ!」


 俺は急に声をかけられてそちらを振り返る、如何にもゲームのキャラクターのような剣と盾と鎧を装備した青年が俺に駆け寄ってきた。


 そのまま岩陰に引きずりこまれる、何だ何だと思っていると急にとんでもない熱さの炎が岩に遮られ通り過ぎていった。


「あちち、何だ!?」


「知らないのか?レッドドラゴンだよ、最近は魔王軍の活動が活発になったせいで空気中の魔素が溢れかえってるんだ。そのせいで動きが活発になり、こんな街の近くまで」


 青年が悔しそうに拳を握りしめている。俺がどう声をかけようか迷っていると、また別の声が聞こえてきた。


「フレイ!大丈夫!?」


「ミシェルの声だ、僕の仲間だ。おーい!こっちは無事だ!」


 青年はどうやらフレイと言う名前らしい、そして聞こえてきた女性はミシェルと言うようだ。


「先程の御仁は無事か!?」


「レミィだ。ああ!無事だ!合流したいからドラゴンの気を引けるか?」


「よしきた任せろ!」


 ミシェルより勇ましい喋り方をする、これまた女性の声の人はレミィというらしい。何やら激しい戦闘音が聞こえてくる。


「今だ!アンタ走れるか?」


「ああ、なんとか」


 俺はフレイに連れられて、近くの洞窟へと逃げ込んだ。




「何とか逃げ切ったな、皆も無事で良かった」


 フレイと洞窟に逃げ込むと、やけに扇情的な格好をした女性二人が同じく洞窟まで駆けてきた。


「ああ、やはりレッドドラゴンは強力だね。もう少しで倒せそうだけど、こっちも消耗しちまったよ」


「あの、貴方は大丈夫ですか?どうしてこんな所に?」


 声の感じから恐らく彼女はミシェルだろう。


「ああ、大丈夫だ。ちょっと事情があってね」


「事情?アンタもドラゴン討伐の命を受けたのか?」


「ああええっと」


 俺が言い淀んでいると、フレイは身を正して言った。


「突然色々と聞いてしまっては申し訳ないな、僕はフレイ、彼女達はミシェルとレミィだ。僕達は女神のお告げにより世界を救う勇者を探して旅をしているんだ」


 そしてその道中に、困っている人々を助ける、魔物被害を抑える為討伐の依頼等を受けているそうだ。何とも立派な心がけの若者たちである。


「それで貴方は?」


「俺の名前は、そうだな、ナガヒサと呼んでくれ。ついでに言うと君達が探している女神の勇者だ」


 俺の発言を聞いて彼らはにわかに騒ぎ出した。


「それは本当の事なのか!?」


「女神様のお言葉ではもっと若い少年だと聞きましたけれど…」


「どう見ても貴様は私達が聞いた風貌とはかけ離れている、謀ろうとするなら容赦はせんぞ」


 まあ元々は少年が来るはずだったのだから仕方のない事だ。だけど女神も先に言っとけよ、おっさんに変わりましたって、現場が混乱するだろうが。


「まあ俺の言葉だけを聞いても信じられないのは分かる。だから見ててくれ、女神から力を授かった勇者と証明してくるから」


 行動を起こすなら早い内に、俺は彼らの制止を振り切って洞窟を飛び出すと、レッドドラゴンの前に躍り出た。


「危険だ!ナガヒサ!」


「いや俺は大丈夫、それより君達の方が危険だから離れてて」


 俺はそれだけ言うとドラゴンに向かってただ走りだした。丸腰で。


 口から吐き出された炎に身を焼かれる、熱いと表現する間もなく黒焦げになるが、俺の体は瞬時に回復する。


 鋭い爪の一撃に腕が吹き飛ばされる、多少よろめくがすぐに再生する。なんら問題はない。


 肉薄するまでにありとあらゆる攻撃で体をボロボロに傷つけられながらも、ドラゴンの懐にまで辿り着いた。


「俺にはこれだけで十分だ」


 スキルが発動する、カチッと音がして体の奥底からとてつもないエネルギーが湧き上がってくる。それが体の隅から隅まで行き渡り、膨張し、炸裂する。全身が弾け飛ぶ激痛が一瞬だけしたと思うと、爆裂音が轟き強大な威力の爆発が巻き起こった。




 目を覚ますと、俺を中心にして巨大なクレーターが出来上がっていた。ドラゴンは跡形もなく消し飛ばされて、影も形もない。


 こんな威力だとは想定していなかったので、置いてきた彼らが巻き込まれていないか心配になった。辺りを見回していると、俺の名を呼ぶ声が聞こえてくる。


「ナガヒサッー無事かー!」


 俺は声に応えようとした時に、ぶるっと身が震えた。寒いなと思ったら身に着けていた衣服等々が消し飛んでいた。


「無事だー!ここにいるー!だけど来るのはフレイだけにしてもらえませんか?後出来れば身を隠せる物とか頂けないでしょうか」


 俺は前を隠しながら、同性のフレイだけを呼び寄せた。おっさんのこんな姿をうら若き乙女達には見せられない。


「無事だったかナガヒサ、わっ!!」


 フレイがマントのような物を手に駆け寄ってきてくれたが、俺の姿を見て咄嗟に目を隠した。だらしのない体ではあるが、同性にその反応をされると結構傷つく。


「ごめんごめん、ちょっとスキルの余波でね」


「そ、そうなのか?」


「ああ、自爆ってスキルだ。威力は見ての通りで、何度も使える。女神から授かったスキルだ」


「確かに勇者は女神から強力なスキルを授かり降臨されると聞いた。ならば本当に貴方が勇者様なのか」


 俺はちょっと得意になって、ふふんと鼻を鳴らして両手を腰に当てて胸を張った。


「わっわっ!馬鹿!」


 フレイは俺に向かって手に持ったマントを投げつけた。


「何だよ、同性なんだから見慣れないものでもないだろう?」


「馬鹿なことを言うな!僕は女だ!」


 成る程僕っ娘かあ、俺はそんな事を思いながらマントで身を隠し土下座した。




 俺はフレイ達のパーティーに入れてもらって、次々と強力な魔物達や、悪行を働く悪い奴らを退治していった。


 ただ対人で自爆を使う訳にはいかないので、離れた所で俺の自爆を見ていてもらって、悪事を止めないなら貴方の隣で自爆しますと言った。効果は絶大だった。


 魔物も、どれだけ頭数を揃えようと関係なかった。俺は与えられた自爆と不死のスキルを使って、どれだけ殺されようとも前に進む戦法で圧倒した。


 しまいには俺専用のカタパルトを作って貰い、敵の施設に投擲されては爆発を繰り返すという作業が確立された。


 最初の内は着地でぐちゃぐちゃになっていたが、寸前で自爆する事を覚えてからは痛みが一度で済んで楽だった。やはり時代は効率化だな。


 そうして俺達の足跡は、進む度に浄化されていった。


 その内俺が居るという事実だけで、魔物も悪人も活動を躊躇うようになった。まあ誰だって消し飛ばされるのは嫌だろうから、気持ちは分かる。


 大人しくしている事を約束させて、どんどん支配下に置いていった。命乞いをしてくる魔物を殺すのは忍びなかったので、パーティーの協力の元人々との社会に融和させた。


 どちらかが文句を言ったら、俺が自爆してみせた。するとたちまち文句はかき消えた。あまり褒められた手ではないのだが、俺は割り切った。


 魔王の支配地域をどんどん爆破して行って、俺は魔王の支配から人々をどんどん解放した。支配地域はすっかり人間側に塗りつぶされた。


 残されたのは魔王が残存勢力をかき集めて籠城する魔王城のみとなった。俺は最後の自爆に望む前に、仲間達に告げた。


「俺は最後の自爆に、俺の存在すべてを使う。君達とはこれでお別れだ」


 俺が話を切り出すと真っ先にフレイが反応した。


「そんな!駄目だよナガヒサ!魔王さえ討伐出来れば世界に平和が戻ってくるんだ」


 フレイの言葉にミシェルが続く。


「そうですよ!それに私達はまだまだ貴方の力が必要です!」


 普段無口なレミィでさえ口を開いた。


「貴殿はそれだけ強大な力を持ち合わせていながら、一度たりとも私欲に走った事は無かった。貴殿より立派な御仁を私は知らない、ミシェルの言う通り貴殿はこの世界に必要な人だ」


 三人は口々に俺の事を案じて引き止める言葉をかけてくれた。だけどもう俺の答えは決まっているのだ。


「皆ありがとう、だけど俺に出来る事はただ一つだけ」


「コマンドは自爆のみだ」




 魔王城の扉をどんどんと叩く。


「こんにちはー魔王さんいらっしゃいますか?」


 魔王城からの応答はない、俺は構わず言葉を続ける。


「すみませーん!降伏されるのでしたら今だけなら何とか出来るんです。お答えをお聞かせください!」


 しーんと静まり返る。俺はミシェルに言った。


「じゃ、頼んだ」


 黙って頷いたミシェルは、俺の肩に手を置くと最近習得したテレポートのスキルで魔王城上空に飛ばした。


 全員がテレポートで離れるのを確認した後、俺は最後の自爆のスキルを発動した。全身全霊を込めた最後の自爆、魔王もろとも辺り一帯を吹き飛ばして、後には塵一つ残さない。


 魔王は慌てて避難しようとするが、もう遅い。俺を中心にして巻き起こる自爆は、逃げ出す魔王と魔物と、魔王城を飲み込んでぷつっと消えた。




「いやーまさか本当に自爆だけで何とかするとは思いませんでしたよ」


 俺が目を覚ますと、見慣れた景色に見慣れた女神がいた。


「まあ、女神様がついでに付けてくれた不死のお陰もありますけどね」


「それは使命の為に仕方なく授けたんでーす。自爆は本来命と引換えですからね、一回で終わってしまっては目的が果たせませんから」


「あの世界は救われましたか?」


 女神は心底つまらなそうな顔で言った。


「救われましたよー、これで懸念の世界の消滅は防げました。あの世界は貴方が元々生きてきた世界のように、これからは我々の手から離れて争いながらも歴史を刻んでいく事でしょう」


 折角色々調整したのにと、まだぶつぶつと文句を垂れるが俺は無視した。


「じゃあ女神様、お願いします」


「本当にいいんですか?このまま地獄に送ってくれなんて、貴方にはあの異世界で生きる事も、元の世界に生まれ変わって生きる事も出来ますよ?選択肢は一杯あるって言うのに…」


「ははは女神様、俺は一度この目で血の池地獄ってのを見てみたかったんです残念でしたね。それに俺にとって選択肢は一つだけですよ」


 女神は仕方がないというようにため息をついて言った。


「コマンドは自爆だけ、でしたね」


 俺が満面の笑みを向けると、女神はパチンと指を弾いた。

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コマンドは自爆のみ ま行 @momoch55

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