第10話 ドラマ黄昏時に落ちる星7 ドラマ制作


‟おめでとうー。皆無事に役取って来たね。偉い偉い”


 事務所の小西社長がにこにこしている。最終日まで残っていた五人は役の大小の差こそあれ全員役を与えられたのだ。


‟でも俺なんか近衛兵の役ですからね。エキストラに毛が生えたようなもんです"


 瑠衣人が言う。


‟俺も兵士の役だよ”


 しかも刺客と掛け持ちと、小林。


‟掛け持ちと言ったら玲君はすごいよね。ナンドラのソーラ王子役と刺客と兵士役でしょ。やっぱり運動神経いいからかな”


 小西が褒めるが玲は慌てて手を振る。


‟でもナンドラ王子役はセリフもほとんどないし、刺客は顔も出ないし”


‟やっぱり何て言ってもすごいのは奏さんですよね。ダン.グレイド副団長役。重要な役どころだしほとんど出ずっぱりじゃないですか”


‟まぁ、いい役貰えてよかったよ”


 奏一郎はうれしそうな言葉のあとに


‟やっぱり、レイシャーン役は楷ともやだってな”

 と皮肉気に付け加えた。


 ~~~


‟初めまして、ミシルカ役の南条みつきです。渡利さんの脚本で、こんな素晴らしい方々と共演できるなんて本当に信じられないくらい光栄です”


 初のキャスト顔合わせの日。

 先ず主役ミシルカ役の南条みつきが挨拶をする。


 あーキラキラだぁ…


 相変わらず美しいみつきに見とれながら玲は思う。

 正直なところ南条みつきが主役をやることに関して何も思わないと言えばうそになる。モデルとして人気が出たみつきの活動の幅を広げようと事務所側が演技に関しては素人同然のみつきを渡利紘一のドラマの主演に無理やりねじ込んだとの噂があるからだ。渡利紘一といえば手掛けるドラマが必ず当たると言われている人気脚本家で彼の作品に出たがる役者は多いが、大物の例にもれず彼はキャラクターのイメージにこだわりがあることで知られている。彼が納得しなければ人気や実力があってもオーディションで落とされることはまれではないのだ。

 しかも、南条みつきのパーティー三昧の素行やわがままぶりは常にSNSをにぎわせている。


 まあ大手の芸能事務所の社長を父親に持つ南条みつきを落とすことなどできる人間はそうそういないのだろうというのが玲を含めた大方の人間は考えるのだった。


 更に周りを驚かせたことはキャスティングに関しては脚本と監督を兼任する渡利紘一が初めからみつきを主役にと考えていたという事だ。結局はビジネスを無視することはいかに渡利紘一でもできないんだろうと、周囲も陰でそう納得していたのだった。あとは南条みつきの容姿や雰囲気が役のイメージにぴったりだったというところか。


 ともかく制作側やビジネスの駆け引きなどはこの世界の末端にいる玲には関わりのないことだった。


 次にもう一人の主役レイシャーンを演じる楷ともやが挨拶をした。こちらも端正な顔立ちの人気実力ともに若手トップクラスの俳優。


 彼がレイシャーン役をやるのに誰も文句を言わないだろうけど、それじゃああのオーディションは何だったのかと皆心の中で思ってるんだろうな。俺でさえそう思うんだから奏さんなんかはきっと…


 玲は向かい側に座っている奏一郎をチラッと見る。表情からは全くうかがえないが長年彼と付き合ってきたので内心面白く思っていないだろうことは容易にうかがえる。


‟僕はレイシャーン役を全身全霊を込めて演じるつもりです。レイシャーンを実在する人物と思って、今この場に彼がいたらどう感じてどう行動するだろうと思いながら演じていくつもりです”


 全体を見渡したその視線がなぜか玲のところでぴたりと止まった。まっすぐな強い眼差しになぜかどぎまぎした。


 ドラマの他のキャストもそうそうたるメンバーだった。

 王様役の色部雄介、神官長役の立花馨、宰相役の夏目淳、王妃役の名取冴子、など皆大ベテランだ。こんなにも有名どころを集め、このドラマには相当の予算も組み込まれているらしい。端役とはいえ自分なんかがこんな大きなプロジェクトにかかわってるのが玲には信じられなかった。


「黄昏時におちる星~ロンズディン王国の悲劇」は架空の王国の話だ。

 レイシャーンは第一子であるが母親が愛妾であったため王位継承権は第二位、第二子のミシルカは王妃の子供なのでレイシャーンよりも二歳年下でありながら王位継承権は第一位である。二人はとても仲が良くどちらが次の王位についても互いに支え合い王国を統べていくつもりでいた。しかし水面下では王位継承権を巡る陰謀が張り巡らされ、ミシルカを陥れようとしたレイシャーンはその罪が暴かれ処刑されてしまう。その事実に深く傷ついたミシルカも又、生きる気力をなくし、隣国からの侵略の脅威にさらされながらロンズディン王国は滅亡の危機にさらされる。


‟と、ここまでがドラマの第一部です”


‟ここまで、と言うことはこの続きがあるという事ですか?”


 色部が渡利に顔を向ける。


‟私たちに渡されている台本はここまでですね”


 名取も相槌を打つ。


‟ここまでは、まさに悲劇、ですよね”


‟じつは続きはあるんすが、結末は完成していないんです。だからまだ作製の予定は立っていませんから悲劇のまま終わる可能性もあります。評判が悪ければ作成できませんからね”


 と、渡利はにっこり笑う。まあ、どんなに評判が悪かろうがこちらの条件さえそろえばごり押しをしてでも続きは作るつもりだけど、心の中でつぶやく。

 息を飲む面々を見渡して


‟ま、これだけの方々がそろっていて評判が悪いって、ありえないでしょう?”


 にっこり笑う。


‟完成してないという事は、原作者がまだ書いている途中ってことですか?”


‟うーん、まあそう取っていただいても結構です。今は停滞していますが何かのきっかけがあればあっという間に話は進展しますよ”


‟ただ、完成したとしても今の時点ではこの後の展開は皆さんにも秘密にしておきたいのです。物語の中の登場人物と同様の情報しか上げられません。時期も未定だし、場合によってはキャストの変更もあり得ますから”


 その場にいる人々がざわざわとするのを制止して


‟今はこのドラマに集中しましょう”


 ぱん、と両手を合わせた。


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