第9話 ドラマ黄昏時に落ちる星6 オーディション5



‟おい、いい加減に泣くのを止めろ、うっとうしい”


 今日のオーディションは終わり人気のなくなった部屋にはまだ数人の人間が残っていた。佐伯剛の呆れた声が響く。


 椅子に座ってタオルに顔をうずめて泣いているのは南条みつき。


 ‟だって…あれはやっぱりリーシャだよ。あの場で泣き出さなかった自分を褒めてやりたい”


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔はいつものみつきらしくない見苦しい顔だ。


‟ああ、確かにな。だがあれは、なんだ?突然人格が切り替わったみたいになったな”


 みつきが玲に抱きついた時、突然誰かがくしゃみをした。くしゃみの犯人は確か同じ事務所の俳優で玲の前に演じていた俳優だ。彼は”す、すみません“と謝ったのだがその瞬間玲の演技が崩れてしまったのだ。まるでスィッチが切れたように素にもどり、おどおどし始めて次のセリフも出てこない。みつきがとっさにアドリブで繋げたが結局最後までガタガタだった。


‟あれじゃ、本人だとしても無理だな”


‟確かにねえ、けして下手じゃないけどさすがに今はレイシャーン役には無理だね”


 渡利も頭をかきかき眉を下げる。


‟僕はいつでも準備できてますから”


 そこで言葉を発したのは楷ともやだった。実力では若手でナンバーワンと言われているカメレオン俳優だ。オーディションの場には来ていなかったが後から合流したらしい。


‟まあ、今は君に頑張ってもらうよ、ともや君”


‟もちろんです。レイシャーン役を精一杯やるつもりですが、もし彼が、その気になったならいつでも役を降りるつもりです。そして、その暁にはぜひ私に副団長役をやらせてください!”


 と、目を輝かせて胸に手を当てて宣言する姿はまさに王子様だ。


 そんなともやを軽く無視して


‟さて、お膳立てはした。文字通り役者はそろっだ。この後、葛城玲と南条みつきを巡ってどんな事件が起きるのか。こればっかりは予測ができないんだろう?”


 佐伯がみつきを見ると


‟そういうこと。今までは国も時代もバラバラ。僕とレイシャーンの関係もバラバラ。起こる事件もバラバラ。予想するのが難しい。だけどいったん事が起こると割と早く動いていくから、あっという間に巻きこまれちゃうってわけ”


‟その時々の対応が大事だよね。特に葛城玲がどう動くか、注意してないと”


 渡利も首をかしげる。


‟常に誰かが傍に居られればいいんだがな”


‟それは難しいけど、それもあって彼には小さいけど複数の役をやってもらって撮影現場にいる時間が多くなるようにしたんだよ”


‟僕も出来るだけサポートさせてもらいます”


 ともやも頷く。


 これから彼らがやろうとしていることはなんとも頼りない計画だった。今までの人生でみつきと玲が絡むと必ずある事件が起きた。それは先ず、みつきにトラブルが起きたように見える。そうすると玲は必ずみつきを庇おうと動く。そして無実の罪を着て死んでしまうのだ。みつきらの目的は玲の動きを読んで、みつきを庇うのではなく玲が真実を明らかにし本当の犯人を突き止めることなのだ。現時点では、どんな事件が起きるのか見当もつかない。かろうじて予測できるのはみつきと玲が同じ出会った時に事が起こるという事。今回の計画は佐伯が大口のスポンサーになり渡利とともに時間と金をかけてあらかじめ大掛かりな舞台を作り上げ事件を招き寄せることだ。前世で彼らの世界で実際に起こったロンズディン王国の悲劇をもとにドラマを作り南条みつきを主役においたうえで葛城玲をオーディションに参加させるよう手をまわした。葛城玲が主役に耐えうる役者であればレイシャーン役に抜擢できたのだがさすがに今の段階でそこまではできなかった。そこで前世の記憶があるもう一人の俳優楷ともやをレイシャーン役に当てることにした。噂通りオーディションは出来レースだったのである。あくまでもレイシャーンを役者としてテストし、このドラマに巻き込むためだけの。

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