第8話 ドラマ黄昏時に落ちる星5 オーディション4



 予定のテストが終わってから玲たち五人は教えられた部屋へ向かった。

‟失礼しまーす”と入って行くとそこには既に五人の俳優たちが待っていた。どの顔もTVでよく見るもので容姿もよく演技力も定評のある華のある俳優たちだ。


‟げ、俺やっぱりやめとこうかな…”


 急に気後れしたのか小林が回れ右をしようとする。


‟玲、お前どうする?”


 奏一郎が玲を見る。


‟お、俺もやっぱり…”


 止める、と言おうとしたとき


‟やあ、よく来たね。君たちを待ってたんだ”


 渡利が大きな声で声をかけてきてその場にいた面々が一斉に玲たちの方を見た。その中には南条みつきもいた。この期に及んでやめると言えず結局小林も玲も口を噤む。

 全員がそろったところで、と渡利が説明を始めた。


‟今日は来てくれてありがとう。このテストではレイシャーンになってもらって相手役になるミシルカ役の子と一場面を演じてもらう”


 渡利紘一は四十代前半、のんびりとした口調と親しみやすい笑顔で話し始めた。渡利の後ろにいた南条みつきがふわりとほほ笑み軽く頭を下げる。するとその場の雰囲気が変わった。玲をはじめ他の候補者たちの目が釘付けになる。


 ミシルカ役の南条みつきの名前はもちろん知っていたがこんなに間近で生で見るのは今日が初めてになる。モデルの衣装で化粧をしているTVや雑誌で見る顔よりもやや幼く見えたが、実物は本当に魅力的だった。

 とにかく目がきれい。大きいとかつぶらだとかいうありきたりな言葉で形容しきれない、黒々とした瞳がちょっとした角度で青みがかって見える。とにかく引き込まれそうなのだ。目が離せなくなる。

 もちろんモデルをしているくらいだから顔立ちは整っており均整の取れた体をしているし、立ち居振る舞いが優雅で育ちの良さがにじみ出ている。


 王子様というかお姫様というか


 玲もどぎまぎしながらも渡利の説明に集中する。演じる場面は主人公二人の日常の一場面。二人は腹違いの兄弟で共に育ってきた王子だ。今回はお気に入りの丘の上で景色を眺めているミシルカに遠征から帰ってきたレイシャーンが声をかけ、言葉を交わす短いものだ。


 渡利の説明を聞きながら玲は頭の中でため息をついた。

 一体なんだって自分がこんなところに。しかも奏さんと同じ場に立ってるなんて、それだけでも気が重い。こんな状況で演技らしい演技なんてできるわけないじゃん。いや、自分が演技などしていいのか、という葛藤がある。


 玲の前で他の候補者の演技が始まっていた。ドラマで主役を張る俳優だ。ゆったりと南条みつきに歩み寄り‟ミシルカ”と声をかけるとみつきが振り向き、微笑みかける。ミシルカの手を取ると‟ただいま”と言う。向かい合って立つ二人は見惚れる程絵になる。その美しさに一瞬息をのんでしまうほどだ。


 その時、その場面を見ていた玲の意識は遠い記憶を回想するように引き込まれていった。

 目を閉じる。俺はあんなに優雅にミシルカに接するか?ゆったりと歩み寄る余裕なんてあるか?頭の中にあるイメージが浮かんでくる。丘、木々に囲まれた城、丘に佇む麗人の後姿。鮮明に浮かんでくる。自分はどうやって声をかけるだろうか。愛しい。今回の遠征ではどれだけ離れていただろうか。早く会いたい。心が温かくなると同時に気持ちが急いてくる。

 すっと目を開ける。胸に手を当ててぎゅっと力を込めた。心臓がどくどくと鳴っている。


 目の前に意識を戻すと瑠衣人の演技が終わったようだ。次の小林は緊張しているのか真っ赤になってどもってしまっている。南条みつき相手じゃ緊張するよなぁ、と玲は眉を下げた。そして奏一郎の演技が始まる。


 奏さんはやっぱり上手いし様になるよな。

 レイシャーンは一国の王子なのだ。自信たっぷりで本当に王子然としている。みつきの存在感に負けていないし、先に演技した候補者五人に引けを取らないんじゃないだろうか。だけど、レイシャーンなら…


 そして玲の番になった。玲は少し考えてからおずおずと尋ねた。


‟すみません、部屋の隅からスタートしていいですか”


 訝し気に首をかしげるみつき。渡利がにっこり笑って“どうぞ”と頷く。奏一郎の眉がピクリと動いたことには気づかず玲は急いで部屋の隅に浮くと再び胸に手を当てる。そしてみつきの方に小走りに向かって行った。みつきは背中を向けて立っている。どん!とその背中にぶつかりほっそりとした肩を羽交い絞めにする。そして息を切らせ名前を呼ぶ。


‟…ルカ!ただいま!”


 驚いたミシルカが振り向く。そして玲の顔をみるとこぼれる様な笑みを浮かべて両腕を首に回してきた。


‟リーシャ、お帰り!”


 今までと違いそこにいるのは気品のある麗人ではなくまるで子供のような笑顔でレイシャーンの帰りを喜ぶミシルカだった。

 周りがざわめく。


‟これはこれは…”と渡利がニヤリと笑った。





 オーディションの帰り道。


‟玲、お前上手くやったな”


 皮肉な響きを含んだ奏一郎の声に玲はビクッと体をこわばらせた。


‟そうそう、後ろから抱きつくなんて誰かに録画SNSで拡散でもされたら玲さん南条みつきのファンに殺されますよ”


 ピリッとして二人の間の空気を感じないのか小林は冗談めかして言う。


‟審査員にもばっちり印象づけたしな”


 奏一郎は玲の肩に腕を回してくる。


“い、いやあれは…深い考えはなくて、俺結局緊張してセリフ飛ばしたし”


 そうなのだ。みつきが抱きついてきた段階で玲はパニックになり、たった三つしかないセリフの一つを言うタイミングを逃しみつきに助けてもらいやっと演技を終えることができたのだった。実はパニックに陥った原因は他にあったのだが、それはこの際考えない事にする。


‟印象は印象でも悪い方ですよ…”


‟ま、付け焼刃で目立とうとしてもお前の度胸じゃ無理だってことだ”


 ここにいたって奏一郎の機嫌が悪いことに小林と瑠衣人も気づく。瑠衣人は慌てて


‟おれらは渡利監督の気まぐれでテストに参加させてもらったんだし、いい経験でしたよね。間近で南条みつきに会えたし”


 サイン貰えばよかったーと話の方向性を変えてくれたので玲はほっとする。


 瑠衣人、ありがと。若いのに気が回るやつだ。


‟あ、奏さんは別ですよ。だってすごいメンバー来てたのに引けを取らない演技してたじゃないですか”


 小林もフォローする。


‟まあな。でも、このレイシャーン役に関しては出来レースって噂もあるしな”


 奏一郎は知ったように言う。


‟え?そうなんですか?”


‟ああ、もうレイシャーン役は楷ともやに決まってるんじゃないかって”


‟ええ、だったらなんでオーディションなんかしたんですかね?”


‟さあね?”


 フンと鼻を鳴らした。

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