第11話 ドラマ黄昏時に落ちる星8 ドラマ制作2

 

‟ねえ、こんなとこでなにしてるの?”


 呆れた声に、玲はふっと顔を上げると眉を顰めたみつきが腕組みをして見下ろしている。


‟あ!すみません。邪魔ですよね、今どきます”


 慌てて玲が道を開ける。屈みこんでいた玲の目の前には山積みになった段ボール箱。兵士たちが使う小道具が入っているのだが。


‟じゃなくって、君、今日撮影ないんじゃないの?なんでこんなところで荷物なんて運んでるわけ?”


‟え、と…あ、いや今日奏さん、いえ雪永さんが撮影のあと次の仕事場に行くんで迎えに来たんですけど、早すぎたんでちょっと手伝いを”


 それを聞いてみつきの顔が益々不機嫌になる。それに気が付いたスタッフが


‟葛城さん、すいません。もういいですから。ありがとうございます”


‟別に手伝うのが悪いとかじゃなくて。なんで君が雪永君の付き人みたいなことしてんの?”


‟あ、俺、後輩なんで”


 玲はへらっと笑って答えた。


‟後輩だからって…君だって仕事してるんでしょ。送り迎えまでする?普通”


‟えっと…”


 普通するかと聞かれても、これが玲と奏一郎の普通なわけで。何と答えようか困った玲が口ごもる。


‟おい玲、何してんだ?行くぞ”


 その時後ろから声をかけられて玲が振り向くと、奏一郎が立っている。


‟あ、奏さん。すみません、これ運んじゃうんでちょっとだけ待っててもらえますか?”


‟何やってんだよ。さっさと戻って来いよ”


 玲はみつきに軽く頭を下げて走り去っていった。


‟…”


‟あ、南条さんも上がりですか?”


 不機嫌顔のまま玲を見送るみつきに気が付いて奏一郎が愛想笑いをしてくる。


‟…僕はまだ終わってないけど”


 その時みつきがスタッフに呼ばれたので


“じゃあ、お疲れ様”


 と言って踵を返した。その後ろ姿を奏一郎は見ていた。


 ~~~


‟あ―イライラする”


 みつきは空いてる椅子にどかっと腰を下ろした。


‟みつきさん、ちょっと葛城君に当たりきつくないですか?”


 さっきの二人のやり取りを見ていたベテランのスタッフの子がみつきに水を渡しながら声をかけた。


‟みつきさん、ドラマの仕事場ではいつもスタッフや俳優さん達に気を使ってくれてるのに。葛城君の事嫌いなんですか?”


‟別にそんな嫌いとかじゃなくて”


 言いながらもみつきの顔は険しい。


“でも、なんか葛城さんってなんであんなに雪永さんにへこへこしてるんですかね”


 他の子も言う。


‟いくら事務所?大学?の後輩だからってあそこまで顎で使われるってないよね”


‟…”


 気に入らない


 自分が玲にきつく当たっている自覚はあるものの他人に玲の事を言われると面白くない。イライラとピアスを弄りながら自分の出番を待っていた。





 なんか疲れた…


 ドラマに製作が始まってからこっち、玲は本当に気の休まらない日々が続いていた。

 玲の役はほとんどアクションだ。そのレッスンは玲の得意とするところだし体を動かす分にはどんなにきつくてもつらいとは思わない。ただ、セリフのあるちょい役も含め現場での拘束時間が意外に多かった。


 それはいいんだけど…


 引っ張りだこの俳優と違って他に大した仕事を抱えているわけじゃない。ただ現場に来ると当たり前のことだがレギュラーのキャスト達に会う。そしてなぜか南条みつきがよく絡んでくるのだ。

 実際に一緒に仕事をしてみるとみつきは非常にまじめで礼儀正しかった。メディアで取りざたされている軽いイメージとは違う。今回の主役に関しても顔や人気、親の七光りなどいろいろ言われているが少なくとも本人がこの役に向かっている姿勢は真摯なものだ。

 しかし問題はそこではない。

 もしかして嫌われてる?

 としか思えない。よほど目障りなのか口を開くと厭味を言われている気がする。それならいっそ無視してくれればいいのにとも思ったが、それにしてはよく目が合う。しかもじーっと見つめられている気がする。はっきり言って挙動不審だ。


 好意的ではないとはいえ、みつきが接触してくるのは事実で今度は奏一郎がそれに一々反応してくる。


“おまえ、南条みつきと知り合いなの?””なんであんなにお前に絡んでくるわけ?”


 とはじめは不審そうにしていたが、最近は


 ‟お前のこと随分気に食わないみたいだな”


 と、おもしろそうに鼻で笑う。


 どっちもほっておいて欲しい。

 わかってる。俺なんかがこんな大きなドラマであんな人たちと共演するなんて、分不相応っていうか。


 それにしても、と玲は考える。

 年齢は自分のほうが一つ上だし俳優業はこちらのほうが長いけど、プロとして働いているの年数はみつきのほうが長いし知名度は比べものにならない。どうやって対応していいのか考えあぐねていた。



‟葛城君、どうした。ため息なんかついて”


 神官長役の立花が声をかけてきた。


‟あ、いえ、セリフがあるんで緊張するんですよ”


‟初めは誰でも緊張するよ。特に役を掴み切れてない時はね”


 立花さん、こんな駆け出しの俺なんかにやさしい!


 そこへ楷ともやが会話に入ってきた。


 ‟僕もセリフが多くてまいりますよ”


 ‟この程度のセリフの量、楷君にとっては大したことないだろ?実際すごくいいじゃないか。レイシャーンの飄々とした感じ、よく出てるよ”


‟レイシャーンってなかなか魅力的なキャラですよね。朗らか天真爛漫。何でもできるのに人懐っこくてみんなに好かれるタイプ。これで悪役に豹変する後半が楽しみ”


 と、王妃役の名取も混ざってきた。ともやと立花がいるせいか人が集まってくる。


‟ありがとうございます。僕もこの役はレイシャーン本人以外では僕が一番理解できると自負してます”


 言葉だけ聞くとすごく自信満々なのに、その表情があまりにも真剣なので厭味な感じは全くせず、その場にいる者も皆真面目にうなずく。


‟楷さんのレイシャーン、今から楽しみです”


 玲がそう言った時、みつきが通りかかる。立花さんや名取さんがいる手前か、軽く頭を下げ通り過ぎるが、すれ違いざまにジロッとにらまれた。ような気がした。美人ににらまれると怖い。


 俺なんかした?


 またため息が出た。


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