第2話 ロンズディン王国の滅亡2 王子の処刑


 ロンズディン王国 正午刻


‟時間です"


 神官長ドートリアニシュが兵士を従えて地下牢に降りてきた。

 粗末な椅子に腰を掛けていたレイシャーン.ムンバートリはゆっくりと顔を上げる。長く艶やかだった黒髪は顎のあたりで散切りにされていた。


 刑場に引き出されないながらレイシャーンの心は凪いでいた。


 ダンは無事カーメイに着いただろうか。自分の処刑に間に合うとは思っていなかった。彼に託した書状にも自分の命乞いはしていない。ただ出来ることなら迫りくるギルアドニア軍からロンズディンを、ミシルカを救ってほしかった。虫のいい願いだが今はカーメイが動いてくれることを祈るしかない。

 あと自分にできることは、謀反人レイシャーン.ムンバートリとして処刑されることだけだ。自分の存在が王宮内での争いを招き、敬愛する国王夫妻を苦しめ、そして何よりも大切なミシルカを危うい立場に貶めたのだとしたら。私の存在自体が積みなのだとしたら、この命で贖いたい。


 私さえいなくなれば、すべてがうまくいく。




 王城の前にある広場に設置された公開処刑場は市民であふれかえっていた。彼らの表情は様々で、あるものは怒り、あるものは興味本位、あるものは見世物を楽しむ見物客のような様子をしているが、これから処刑される罪人に同情的な様子を見せる者は見当たらない。

 広場の真ん中にある壇上に引き出されてきた罪人はまだ若く整った顔をしている。その顔やむき出しの腕には殴られた痣があり、片足を引きずりながら歩いている。顎のラインでぷっつりと切られた漆黒の髪が頬のあたりで風にそよいでいる。抜けるような青い空や近くの丘に咲いている季節の花の甘い香りがこの場の雰囲気には似つかわしくない穏やかな春めいた気配を運んでくる。

 すらりとした肢体をくすんだ灰色の長衣に包み紐で後ろ手に縛られた状態で立つ罪人は死を目前にしているというのにその表情には恐れや怯えの色は見られず、むしろふてぶてしく顔を上げている。

 前方の城壁のバルコニーには罪人の父であるロンズデイン王とその王妃エレノリアが座り硬い表情でじっと壇上を見つめていた。そこにはもう一つの椅子があったがそこに座るはずの、王の第三子であり今は唯一の王位継承者であるミシルカの姿はなかった。


“この者レイシャーン.ムンバートリは自ら王位につかんがために王弑逆を目論み、またその罪を王位第一継承者であるミシルカ様に着せんとし…”


 長々と罪状が読み上げられた後、神官長が祈りをささげ、罪人レイシャーンに


“最後に懺悔の言葉があるのであれば特別に許されるが何かありますか”


 と声をかける。彼は口角をあげ、ニヤリと笑うと


‟何も懺悔することなどない。自分が誰よりも王にふさわしいと思ったからその為に邪魔なものを排除しようと思ったまでのこと。後悔も反省もしておらぬ”


 と、そこまで言った時、遠くで自分を呼ぶ声がした。心が温かくなると同時に切なさもこみ上げてくる。声のする方に視線を向けてみたが目に映るのは雪のように舞う白い花びらだけ。


 空耳か、と思った時もう一度


‟リーシャ!”


 という叫び声が聞こえてきた。びくっと肩を震わせて声のする方をみた。今度は黄金色に輝く髪を振り乱し、碧い瞳を見開いたミシルカが今にも壇上に向かって走り出そうとしている姿が映った。それを数名の衛兵たちに抑えられている。


‟ルカ…”


 その姿を見たレイシャーンは一瞬表情をゆがませた。


 心を乱されるな。最後までやり通すんだ。


 涙がこぼれそうになる自分を叱咤し、誰も気が付かないうちに不遜な顔にもどりミシルカに向かって叫ぶ。


‟ルカ、私よりも優れた王になれるものならなってみるがいい。なれるものならば、な!地獄で見届けてやろう”


 と言い放った。その瞬間広場には群衆からは怒りと驚き、呆れの入り混じったどよめきが響き渡った。

 王は怒りのあまり、握ったこぶしをぶるぶると震わせている。隣にいる王妃は涙を浮かべていたが、にぎりしめた両手を祈るように額に当て顔を伏せた。

 裏切り者となり果てたレイシャーンが放った言葉にミシルカは言葉もなく立ち尽くした。


‟もうよい、もうこれ以上こやつの存在には耐えられぬ”


 と王が手を振ると宰相は死刑執行人に合図を送る。執行人は王に一礼をすると罪人の傍に立つ。頭を低く抑えられ蹲るような姿勢をとらされるレイシャーンの傍らに神官長は屈みこみ、何かをその耳元でつぶやいた。この傲岸不遜な罪人への最後の祈りだろうか。それに小さくうなずくとレイシャーンは目を閉じた。


 大ぶりの斧を持った処刑執行人が大きく腕を振りかぶった。

 それを見た瞬間ミシルカは再び拘束を逃れようと暴れだす。


 ‟いやだ!やめろ!リーシャ!リー!!”


 悲痛な叫びもむなしく斧は迷いなくまっすぐに振り下ろされた。胸を激しく突かれるような衝撃と音が刑場に響き渡った。一瞬その場の時が止まったような静寂があり、次に大きな歓声が広場に響き渡る。

 ザっと風が刑場を吹き抜け、今の季節咲き誇っているタオシェの花びらが舞い上がり一瞬処刑場の光景をかき消した。


‟!…リー…”


 瞬きもせず見開いていたミシルカのほっそりとした肢体がその場に崩れ落ちた。



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