黄昏時に落ちる星
有間ジロ―
第1話 ロンズディン王国の滅亡1 早馬
慟哭が聞こえる
ゆっくりと意識が浮上する
人のように心を揺るがすことのない私でさえ哀れと思わずにはいられない程悲しい、魂が引き裂かれたような痛みが伝わってくる
いったい何をそんなにも悲しんでいるのだろう
ぼんやりとしていると
‟おい、いい加減目を覚ましたらどうだ”
隣に座してる者の聞きなれた声
‟…うるさいな。私たちがどれくらいこうしてると思う。少しくらいうたた寝したからと言って責められる道理はない”
‟我らにとってはうたた寝でも人の世では軽く数年数十年経ってるんだぞ。いいのか?お前の気に入りの人間たちの国が今にも滅んでいこうとしているぞ?”
“なんだって?”
私は下界を覗き込んだ
私たちは人の世を管理している。と言っても創造主が作ったものを見守っているだけで特に何をするでもない。よほどのことがなければ人の世の営みには関与しないのだ。だが、ただ見守っているのは退屈極まりない。それでも下界を覗いていればたまに面白い人間を見つけたり、そのうちに気に入りの国や人間が出てくるものだ。私も少し前に、ある小さな国にキラキラと輝く魂を持った二人の子供を見つけた。たいそうかわいらしくて気に入っていたのだが、先ほどの慟哭はどうやらそのうちの一人のものらしい。
一体何が起こったのか
私は丘陵に囲まれた小さな王国の在る辺りに視線を凝らした。
~~~
ロンズディン王国カーメイ王国国境
暗闇の中をただひたすら東に向かって馬を駆る者がいる。暗闇といっても月明かりが行く先を照らしているので騎乗している男にとってはかなりの幸運だ。だがその幸運も男の焦燥を軽くするには至らなかった。
ロンズデイン国からカーメイ国へ入ったのは数刻前。両側に見られた木々が消え、平原が広がる。ここから王都まではまだかなりの距離がある。全速力で馬を走らせていも間に合うかどうか。いやそれよりも馬がもつかどうか。大切な書簡を懐に抱えてダン.グレイドはともすれば絶望感に飲み込まれそうになる自分の心を叱咤して先に進むことのみに集中する。たとえ馬が潰れることになっても速度を緩めるわけにはいかない。このアロイはダンの上司の愛馬で王国軍でも一、二を争う駿馬だ。主のために命を懸けてくれるだろう。
“頼むぞ”
馬の首元を軽くなで、ダンは風の抵抗を避けるように更に身をかがめた。
それからまた数刻。東の空がうっすらと白くなりかけている。ようやく王都に入り王城が見えてくる。ほっとして気が緩んだのが馬にも伝わってしまったのかガクッと衝撃があり体が傾いだ。
“うわぁ!”
次の瞬間ダンの体が地面に投げ出される。
‟あんた、大丈夫か!”
薄暗いうちから店を開けるための準備をしていたらしい親父が駆け寄ってくる。
“あ…アロイ…馬は⁉”
ダンは痛む体を起こすと周りをぐるりと見渡して馬をさがす。馬は何とか立ち上がったようだが前足を痛めたのかバランスを崩して上手く歩けないでいるようだ。
もう限界か…
”すまない…”
ダンは蹲って頭を下げた。馬になのか、駆け寄ってきた親父になのか、それとも自分に書簡と共に命を託した相手になのか。
つかの間そうしていたがキッと顔を上げカーメイの言葉で親父に声をかける。
‟済まないがこの馬の世話を頼めるか。出来るだけの事をしてやってくれ。必ず迎えに来る。大事な馬なんだ”
懐からずっしりとした袋を出して親父に渡し、
‟王城へはこの道でいいのか”
と尋ねる。
あっけにとられながらも頷く親父に背を向けて走り出した。ダン自身も馬から落ちた時体を打ってあちこち痛むが幸い骨が折れたりはしていないようだ。
‟行かなければ…”
城門が見えてくる。門兵が数名立っている。考えないようにしていたがその姿がはっきり見えるくらい空は明るくなっていた。
‟何者だ!”
よろめきながら城門に駆け寄ったダンの胸元に刀が突き付けられ、先を阻まれた。
明るい栗色の髪に青い瞳のダンは黒髪に褐色の肌ばかりのこのカーメイ国では明らかに異国人である。しかも髪は乱れ埃だらけの姿で怪しまれるのは当然だ。今は制服も着ていない。
‟私はロンズディン王国国軍士官ダン.グレイドと申す者。どうか、どうかゾリーク王太子にお取次ぎを…”
‟そんな小汚い身なりでなにを寝ぼけたことを。お前のような得体のしれない者に王太子がお会いになるわけが無かろう”
“私はロンズデイン王家レイシャーン王子の命でゾリーク王太子へ密書を届けに参った”
“ではその書を出せ。俺が取り次いでやろう”
一人の大柄な兵士が近づいてきた。
‟それはできない。直接お渡ししたい。どうか…”
‟そのようなこと聞けるわけがあるか!”
兵士なのかならず者なのかわからないような物騒な顔つきで男が怒鳴る。
‟聞き入れていただけないなら力づくで通るまで”
覚悟を決めてダンは剣を抜いた。
“貴様!”
簡単に通してもらえるとは思っていなかった。ダンより一回りは大きい体格のカーメイの兵達に囲まれて満身創痍のダンが押通ることが可能とは思っていない。だが、悠長に伝言を頼む時間も惜しかった。ここで騒ぎを起こせばあのゾリーク王太子の性格なら何が起こったのか確認にくる可能性が高い。今はそれに賭けるしかない。
自分は捉えられ投獄されるか、最悪ここで切り殺されるかもしれない。
それでも…
向かってくる刀を剣で防ぎながら城に向かってダンは叫んだ。
‟ゾリーク様!お願いです。レイシャーン様をお助けください!”
目がかすむ。自分もそろそろ限界なのか。でもまだ倒れるわけにはいかない。そう思うのに体に力が入らない。足を払われドサリッと地べたに倒される。目線を上げると大きな刀が迫ってくるのが見えた。
腕はもう動かなかった。ここまでか、と目を閉じたかけたその時。
‟刀を引け!”
大きな威圧的な声が響いた。目の前にあった刀が引き、誰かが傍らに立つ。
‟殿下!お待ちください”
周りから制止の声が聞こえるがそれに構わず、声の主は地面に片膝をついてダンを抱え起こした。
“お前はレイシャーンの副官だな?何があった?”
浅黒く日に焼けた肌に漆黒の髪。見る者を射るような強い輝きを持つその瞳。普段なら委縮してしまうゾリーク王太子の姿が今は誰よりも頼もしく見えた。
今度は涙で目がかすんだ。震える手でを書簡を出しゾリークに手渡す。何も言わずに書を読み始めたゾリークの顔が驚愕にゆがんだ。ダンを支える手に力がこもる。
‟…刑の執行はいつだ!?”
‟本日…正午刻でございます!”
“!”
‟どうか…レイシャーン様をお助けください…どうか”
ゾリークの服を握りしめてダンは繰り返す。この歎願も既に意味がない事を知りながら。レイシャーンの刑の執行まであと半日もない。休みなく馬を全力疾走させても一昼夜かかった。この大陸でもっとも力があるとされるカーメイの王太子でももはやそれを止めるすべはない。神の奇跡か魔法でも使わない限り。
俺は間に合わなかったのだ。
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