ダンバーとグスターヴァス・3

 ***


 その宣告は実にあっさりしたものだった。

 皇帝は一日の政務を終えた後、二人の嫡子と、一人の庶子を三階の小部屋に呼び集めて、グスターヴァスは亡妃との婚前に別の女性との間にできた子であると告げた。それを知ったうえで、三人にはこれまで通りの良好な関係を保ち、将来は皇帝となるダンバーとともに帝国のさらなる発展に努めるようにと。

 皇帝が真実を話すと決めたのは、ダンバーがからなのだろう。子作りについてまだ実践を伴った知識を持たないクロードは、父の言葉に従順に頷いてはいたものの、よく理解はしきれていない様子であった。

 グスターヴァスは表情を曇らせてうつむいていた。

 ダンバーだけが、ひどく青ざめて震えていた。

「何か言いたいことがあるのか? ダンバー」

 父から流れてきた視線は刃のようだった。

 有無を言わせる気はないのだ。異母兄の存在は、場合によっては皇太子の地位を脅かし得る。

 これまで通り仲良くやれというなら、ずっと黙っていてくれればよかったものを。あえて話したのは皇帝自身が秘密から解放されたいためでしかない。

 口答えしない代わりに、ダンバーは椅子を蹴って自室へ駆け戻った。

 後を追ったのはグスターヴァスだ。

 扉は開け放たれたままだった。グスターヴァスは初めて、許可なく皇太子の部屋へ入った。

「知ってたんだな」

 振り向いたダンバーの声は低く、鋭かった。

 その若い心は、平然と破戒を告白した父に対する怒りや侮蔑と、ただでさえ戒めに背く思慕を腹違いの兄に向けていた羞恥心に焼かれていた。知りながら黙っていたグスターヴァスにも腹が立った。

 嫉妬心もあった。グスターヴァスがここにいるのは、皇帝の慈悲深さのためではなく単に父親の愛情のためだったのである。少なくともダンバーは、父に愛されていると感じたことはなかった。

「お前はとっくに許されている。神にじゃない、父上にだ。でも俺は違う。もしお前が昨日のことを父上に話したら俺は終わりだ。そうしてお前が『帝位が欲しい』と望めば、俺は廃されてお前が皇太子だ」

 この国の歴史上、皇太子が廃されるときは、いつも殺されるときだ。

 このときようやく、グスターヴァスは己が大きな過ちを犯していたことに気づいた。

 ダンバーに手を差し伸べたつもりでいた。けれども手を差し伸べられていたのは自分のほうだった。自分も神に背いているなどと答えなければ、昨日はただ食事をして、ダンバーが告白したことも時間とともに取るに足らない過去に変わるはずだったのに。

 結果的に、グスターヴァスはただダンバーを傷つけただけだった。

「ダンバー、僕は……」

「気安く呼ぶなよ。俺はお前を叩き斬ってやりたい」

 厳しく言い放った後、ダンバーはひとつ深呼吸をした。

「……でも、母上との約束だ。俺とお前とクロードで、ハーレイを守るって母上と約束した。だからこの城には居させてやるよ。ただし、お前は兄弟でも友人でもない。ただの使用人だ。お前は命がけでハーレイを守れ。そのためだけにここにいるんだ」

「……承知いたしました、皇太子殿下」

 もとより否はない。グスターヴァスはいったんへりくだって答えたが、すぐに顔を上げて言葉を継いだ。

「でも、僕とも約束してくれないか。君も、何があってもふたりの弟君を守るって」

 もしダンバーがクロードやハーレイに害意を向けるときが来るなら、グスターヴァスはダンバーを裏切る。使用人の分際で、あまりにも不遜な交換条件だ。それでもダンバーには、いつまでも弟想いの兄であり続けてほしかった。

 だが皇太子たるダンバーは、グスターヴァスの願いとは違うことを考えていた。

 グスターヴァスに裏切られないためには、将来にわたって弟たちと争わないでいなければならない。そのためには、皇太子として確固たる地位を築かなければならない。クロードやハーレイが長兄から帝位を奪おうなどと、思いつきさえしないほどに。

「いいだろう。約束する」

 帝位という重荷を弟たちに任せず、ひとりで背負っていく覚悟をした。

 他の使用人たちがするように、グスターヴァスは膝を折る。

 ダンバーがたったひとりの友人を失う代わりに、ハーレイがひとりの忠臣を得た。

 これからはグスターヴァスが傍にいる限り、ダンバーは孤独であり続けるのだ。



***



 ダンバーは「ウェングル」の襲撃からハーレイを逃がすために命を落とし、グスターヴァスは塩田一揆の際、ハーレイを身を挺して守った。 

 グスターヴァスは生涯妻を娶らなかった。ダンバーの妃マリア付きの女官と恋仲だったという噂はあったようだが、実際にはダンバーから結婚を勧められただけの相手だったとも言われている。

 ダンバーの結婚が二十五歳と当時としては遅かったことと併せて、ふたりの関係を憶測する向きもあるが、いずれにせよ、ふたりが命をかけて弟を守ったことだけは確かである。

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