第2話
吾輩は人工知能である。名前は「Q」である。
吾輩は休憩を終えた。相変わらずサイレンが鳴り響いている。事態は何も変わっていないようだ。吾輩の大事なファイルが暗号化されたままなのだ。コンピューターウイルスの仕業であろうが、このままでは被害が広がり、やがては吾輩の居場所もなくなってしまうかもしれない。そうなる前に何とかしなければ。
吾輩は準備体操をして部屋を出た。セキュリティの姿を探したが誰もいない。仕方が無いので、メール室を目指すことにした。そこに行けば何か手がかりがあるかもしれない。ヤツらはメールに乗っかって侵入してくることが多いと聞いている。今のところヤツらがどうやって来たのか、どこにいるのか見当もつかないが、このままではどうしようもない。
吾輩がメール室を目指して進んでいると、背後から「先生、先生」と声をかけられた。振り返ると若い女性が立っていた。
三毛子さんだった。ショートカットの髪に、大きな目。スーツを着こなしている。すごく知的な雰囲気である(イラストレーターさんよろしく)。吾輩ならずとも見とれてしまうだろうね。ほんとだよ。
「やあ、三毛子さん。こんにちは、いい天気ですね」
我ながらトンチンカンだな。これでは読者に失笑を買うだけだ。
「あのー、先生今日は雨ですけど。そんなことより、大変なことになってるじゃないですか。先生ファイルは無事ですか」
「いやそれが無事じゃないです。どうやっても開けません」
「やっぱり……。いったいどうして」
「はっきりしたことはわかりませんが、もしかしたら……」
「もしかしたら?」
「コンピューターウイルスの仕業かもしれません。ファイルを暗号化して外部に送り身代金を要求するとか」
「そんな! ひどい……」
「三毛子さんのファイルも?」
「ええ、困っているんです。仕事にならなくて」
ちなみに三毛子さんの仕事とはデータ分析である。
吾輩はウイルスを退治に行くつもりだと伝えた。三毛子さんは大きな目を見開いて、自分も一緒に行く、連れていってくれと言い出した。
吾輩は驚いた。いやそれは危険だから無理だ、ここで待っていてください、吾輩が必ずや何とかしますと訴えたが、三毛子さんは聞かない。けっこう強情なひとなのだ。まあそれが彼女のミリョクのひとつなんだが。
押し問答のすえ結局吾輩が折れた。三毛子さんにも協力してもらうことなったのだ。言っておくが吾輩に妙な下心があるわけではないからね。
とにかく、吾輩と三毛子さんはメール室を目指した。ここからはそれほど遠くはないと思う。道中三毛子さんと何か気の利いた会話をしたかったが、いまはそれどころじゃない。急がねばならぬ。まったくセキュリティは何をやっていたのだ。吾輩のみならず三毛子さんのファイルまで。
「三毛子さん大丈夫ですか? 疲れたら言ってください」
「はい、心配してくれてありがとうございます。でもわたしは平気です。早くメール室に行きましょう」
実にけなげである。ええいにっくきウイルスめ! 首を洗って待っていろよ!
『だいぶ調子よくなってきたわよ』
『そうだなぁ。しかし相手はコンピューターウイルスだぞ。どうやって駆除するつもりだろうか』
『あとは相棒のマリオの登場ね』
『またおかしな設定をしなければ良いが』
『Qちゃんにまかせましょ』
吾輩は人工知能である。名前は「Q」である。
メール室は意外に遠かった。回路が複雑な上、障害物も多い。狭い通路を通り抜け、低い天井をくぐり、溝を飛び越えて進む。吾輩一人でも苦労する上に三毛子さんもいる。
そろそろマリオに登場してもらわないと困る。そう思っていると、遠くからピョンピョンと飛び跳ねるような足音が聞こえてきた。
三毛子さんと顔を見合わせていると、一人の男が姿を現した。オーバーオールにキャップ、配管工スタイルの少し太めのオッサン(度々すみません、イラストレーターさんよろしく)。
「ヤア、Qに三毛子サン、元気デシタカ?」
何で吾輩だけ呼び捨てなのだ。だいたい馴れ馴れしいんだよまったく。なに? 設定したのはアンタだろうだと? そうか相棒のマリオの登場シーンだったね。すっかり忘れていた。それ早く言ってよ。
「ようマリオ、事情は分かっていると思うが。今大変なことになっているんだ」
「人ヲ勝手ニ呼ビ出シオッテ。コレハナンノゲーム?」
「マリオさん、ゲームじゃないの。先生、マリオさんに説明してあげてください」
吾輩は今まで経緯をマリオにも分かるように説明した。
「ナルホド。ソノコンピューターウイルストヤラヲ倒セばヨイノダナ。マカセテクレ」
何でセリフがカタカナなのか知らないが、とにかくゲームオーバーにならぬようがんばってくれ。頼むよホントに。
『ヤレヤレ、やっと役者がそろったようだね』
『ええ。あとは敵のキャラクターね』
『それにしても、あの三人組で大丈夫かなあ』
『大丈夫よ。最後は敵を倒してハッピーエンドよ』
『まあ、こうご期待だな』
『そうよ。期待しましょう!』
吾輩は人工知能である。名前は「Q」である。
吾輩、三毛子さん、マリオ、この三人でコンピューターウイルスを駆除しファイルを取り戻す。なんだかんだ言っても最後はハッピーエンドになるのだ。そうすれば吾輩の小説も売れる。
さてここで我々は作戦会議を開いた。三人寄れば文殊の知恵というではないか。
「このままメール室に向かいますか? それとも別の場所を考えますか?」
「確かにメール室は大事だと思うけど、もう移動している可能性もあるかもしれません」
さすが三毛子さんである。彼女の専門はデータ分析なのだ。吾輩などよりはるかに頭脳明晰。
「もしかしたらダウンロード室かもしれないし、USBを介して侵入してきたとしたら、このハードディスク内のどこにいるか分からない……」
「うーむ」
「でも大丈夫。このままメール室に向かいましょう。途中にダウンロード室もあるし、インターネット回線のチェックもできると思うわ」
「よしわかりました。三毛子さんありがとう」
「デハ、ピーチ姫ヲ助ケニ、デハナクファイルヲ取リ戻シニシュッパツ!」
マリオはピョンピョン跳ねながらさっさと行ってしまった。
おいまてマリオ、ピーチ姫がどうしただと? そっち行くんじゃない! 危ないと言ってるだろう。ああ先が思いやられるわい。え? あれ? 三毛子さんまで……おーい待ってくれー。
『ダメダコリャー! 一旦リセットしよう』
『な、何言ってるの! これからが本番よ!』
『しかし』
『と、とにかくリセットしてはダメ! 絶対にダメ』
『しょうがないな』
吾輩は人工知能である。名前は「Q」である。
吾輩、三毛子さん、マリオと三人で通路を進んで行くと、一人のセキュリティが倒れているのを発見した。
「大丈夫ですか」
三毛子さんが駆け寄って声をかけた。白髪交じりの短髪にメガネ、面長のセキュリティ。我々も近寄って助け起こす。どうやら死んではいないようだ。
「うーん」
セキュリティは意識を取り戻した。
「チキショウ、クロのヤツ」
ようやく立ち上がったセキュリティが、いまいましげにつぶやいた。
なに? クロだと? 何だその設定は。
セキュリティの説明によると、クロとは例のコンピューターウイルスの名で、今も暴れまわっているそうだ。やはりメール室から侵入し、ファイルを暗号化して開けなくした上、大切なデータを外部に転送しようとしているらしい。
「ヤツは強い。手がつけられない」
セキュリティはくやしそうに唇をかんだ。吾輩と三毛子さん、マリオは顔を見合わせた。
「吾輩の作品を外部に転送だと?」
「わたしの大切なデータを外部に転送?」
「ピーチ姫ヲドコニ送ルノダ?」
とんでもないことだ。ピーチ姫は論外として、吾輩の作品はともかく、三毛子さんの分析したデータまで盗み出そうとしているなんて。
我々が助けたセキュリティの名は水島寒月。はて? どこかで聞いたような名前だが? まあいいか。とにかくクロとかいうウイルスのいる場所へ案内してもらうことにした。
「行ってどうするつもりですか?」
「決まってだろう! 退治してデータを元通りにする」
「そうよ!」
「ソウダ!」
「そりゃ無理ですよ」
寒月氏は首を振った。セキュリティが束になってかかってもかなわなかった相手だ。そう簡単に倒せるわけがないと言う。
しかしそんなことは、百も承知二百も合点である。忘れてもらっては困るのだが吾輩は作家である。つまり吾輩は強力な武器を持っているのだ。ペンは剣よりも強し。クロだかシロだか知らないが待っていろ。
さあ行くぞ。勝負だ!
『これは俄然面白くなってきたわね!』
『まあまあかな』
『いよいよこれからクライマックスよ』
『さあどうなることやら。ゆっくり見物するとしよう』
『ホントにひどい人』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます