ヒナタカゲ
夏場
第1話
「じゃあ約束ね」
「うん、約束」
夕暮れ時、小さな公園の真っ暗の中で二人は指きりげんまんをした。
初めてそうやって触れた互いの身体の一部に、二人はすぐに恥ずかしくなってそれをほどいた。
ただ、互いに、この思い出はもう忘れないと思っていた。
神保町のラーメン屋。
開口一番、その人は店内に響く大きな声で、塩ラーメンで!と言った。
それから、その人は日向と一つ開けたカウンター席に座った。
夜中22時30分。店内は、日向とその人と店主だけ。
日向が残りわずかな塩ラーメンをすすっていると、その人は声をかけてきた。
「ここの塩ラーメン、おいしいですよね」
突然言われたもんだから、日向も、え、ああはい、と詰まったような返事になった。
その人はそれだけ言うと、また元に戻った。
何か、どこか見覚えのある顔をしていた。
その日もまた、家に帰って風呂に入り、髪を雑に乾かして、そのまま布団を被りながらまたSNSを徘徊した。
毎日のルーティンはいつもこうで、変わり栄えのない日々。
残業ばかりで疲れてしまって、ただ目標もなく毎日をやり過ごす。
いつだっか、自分のアトリエを持つ夢も日向はもうすっかり忘れていた。
もうやめようと思って、指をスマホから離した時、一つの文章が目に留まった。
「ティーンの魔法事件って覚えてる?」
これの下に、赤色の文字で「怖い不思議な事件」と書かれていた。
詳しい概要が、更に下に書いてあった。
「2007年頃、一部のネット界隈で話題になったティーンの魔法事件。
10代の若者が、「ティーンの魔法」と謎のメッセージを残し、失踪する事件が多数発生。
彼らは皆、12月の同時期に失踪。
その後、彼等は発見されたというが、真相はわからないままである」
「気味の悪い話だな」
しかし、日向にとって、それはどこか馴染みのある言葉だった。
「ティーンの魔法…」
日向はそう呟いて、何か昔の事を思い出そうとした。
でも思い出そうとすれば、何故かそこの記憶が変形して、上手く合致させることができない感覚になる。
日向はそのまま段々と眠気に襲われ、目を閉じた。
翌日、仕事が終わってやっと帰れる頃には、夜はすっかり更けていた。
最近は、定時では帰れない日々が続き、残業ばかりのデスクワークに日向は少し参っていた。
瞼を閉じれば、そのまますぐ眠ってしまうぐらいの疲労感で、歩くのもおぼつかなかった。
自分では眠っているのか、起きているのかわからないような感覚で、足だけを勝手に進めるようにした。
すると、急にパッと強い光を感じた。
すぐ横で聞こえる空気を破裂させるような、ビー、という警告音。
一気に意識が戻って瞬間的に横を向く。
すぐ真横に車のヘッドライトが見えて、その瞬間がスローモーションになる。
「ああ、まずい。このまま死ぬ」
そう思って、身体の力が一気に抜けた瞬間、何かに捕まれて、グッと身体が後ろに引き戻された。
車が目前をブワッと勢いよく通り過ぎていく。
日向はただ呆然としながら、思わず腰が抜けてしまった。
「大丈夫ですか?」
すぐ後ろでそう聞こえて振り返ると、昨日ラーメン屋にいた人が中腰になって、日向に手に差し伸べた。
「あなた赤信号で行こうとしてたから」
見ると、10メートル先の信号は赤信号になっていて、言われてみたらまったく気づくことはなかった。
仕事の疲れからか、思わず死ぬところだった。
「あ、ありがとうございます」
日向はその人の手は貸してもらわず、自力で立ち上がろうとしたが、中々力が入らなかった。
すると、その人は日向の手をグッと掴んで、ひょい、と立ち上げさせた。
「すみません、ありがとうございました」
その人は、日向は見てから少し笑って、それじゃあ、と言って立ち去ろうとした。
あの笑顔、やっぱり知っている顔だった。
その人の後姿を見ながら、思い出す。なんだったか、ずっと記憶を遡る。
その人は青信号を渡っていく。5メートル、6メートルと離れていく。
あっと日向は思わず声に出した。
息を沢山吸って、景?と日向は声を張った。
その人は、一瞬そこで止まった後、スッと振り返って日向を見て、ピースサインをした。
「当たり」
前行った神保町のラーメン屋。
深夜は1時までやっていて、店内は仕事終わりのサラリーマンや深夜トラックドライバーが3人程度いるぐらいだった。
「はい、塩ラーメン1つね」
テーブル席に、店主がそれを置いてまた厨房に戻っていった。
「景、久しぶり」
景はそれには反応せず、割りばしを開けて、うまそー、と言った。
「というか、お礼がラーメン屋で本当に良かったの?」
もう景はラーメンをすすりながら、十分だよ、と言ってメンマをすぐに口に入れた。
食べるのがせわしない景を見ながら、日向が改めてこの人が、かつての景だったことに驚いた。
「ラーメン屋で私のこと、気付かなかったの?」
「日向のような気がしたけど、自信がなかった」
景はそう言って、また麺をすすった。
「中学の時、以来だよね?」
「そう、なるよね」
景は一瞬考える素振りをした後、箸を止めたと思ったら、またすすりだした。
黒が脱色されたような薄い茶色の前髪が目に少しかかっていて、大きな二重の目や、ぴょこっと小さくある鼻は中学の時からあまり変わっていないように思えた。
そういえば、聞きたい事や知りたい事は山ほどあった。中学の時からこれまで何をしていたのか、今仕事は何をしているのか、結婚しているのか、どこに住んでいるのか、そうやって頭の中の質問が沢山浮かんでは、それらを抑えた。
景はもう少なくなった麺を箸ですくいながら、チャーシューやナルトを一緒にパクパクと食べ、スープをすすっている。
フッと景が日向を見た。
「日向、中学の時からこれまで何してたの?」
景の口調や、その言葉のイントネーションは中学の時からまるで変わっていなくて、日向は思わずフフっと笑ってしまった。
「中学の時から、景のその話し方、変わってないね」
景は口をもごつかせて、そうかな、と言った。
「中学から今まで、色々なことがあったけど、まぁ今はとりあえず神保町でデザインの仕事してる」
景は、ほへーと言って、凄いなぁ、と単調に言う。
「景は、その、どうなの」
あえて抑えていたことを、日向はそれとなく聞いてみた。
景は食べ終わって、そのまま箸を置いた。
「今は、地元でサラリーマンやってる」
日向は、そうなんだ、と相槌をわかりやすくうってみせた。
ふとスマホを見ると、時刻は深夜0時半となっていた。
景がそれとなく手持ち無沙汰にしているのを見て、日向もバッグを手に取った。
「そろそろ、出ようか」
景も、そうだね、と言って、二人でラーメン屋を出た。
薄暗い街頭が並び、この時間の人通りはとても少ない。
日向は別れるタイミングに困って、言い出せないままでいると、どうやら景も同じようだった。
少しだけ間が空いて、風が吹いて二人の髪が揺れた。
「それじゃあ」
日向は流れるように景に言うと、景はそのまま黙った。
景は、日向をスッと見る。
「僕、もうあの時のことは気にしてないし、大丈夫だよ」
日向も、景を見た。
景は少し笑って、本当に全然気にしてないから、と言った。
「ねぇ、このあと…うちくる?」
日向が躊躇いながらそう言うと、景もまた躊躇いがちに頷いた。
1LDKの部屋、東京の家賃はこれでも高いほどだった。
景はテーブルの前に座ってテレビを見ていた。
「お酒、いける?」
日向は冷蔵庫をあけながら聞くと、景は、多分いける、と言った。
「多分ってなに」
日向はフフっと笑って、缶チューハイを二つ持って、景の横に座った。
「乾杯」
二人は、テレビから流れる深夜バラエティ番組の前で、酒を飲み交わした。
酔っ払っているのか、景が時々とんちんかんな事を言うと、日向はそれに笑ってツッコんだ。
いくらか飲んでいると、先に日向が大分酔ってきて、景もぼーっとしていた。
日向は身体が火照って、景を求めそうになる自分を抑えながら、またグッと酒を飲んだ。
景にそういう気はないのか、日向の意識はただ混沌とする中で、景を見た。
「景って、恋愛経験は?」
酒に任せて聞くと、景は、そんなにないなぁ、と言った。
日向は酒のせいか、景のその顔に、懐かしさと愛しさを覚えた。
「私は、めちゃくちゃあったよ」
ぶっきらぼうに日向がそう言うと、景は少し寂しそうな顔で、そっか、と呟いた。
「何、私のこと好きだった?」
日向はふざけながらそう言ってみると、景はただ何も言わず、酒をまたグイっと飲んだ。
「やっぱり僕、お酒あんまり好きじゃないや」
そのまま、部屋はテレビの音だけが聞こえる静寂になった。
それからすぐに、日向は段々と意識が濁ってきて、そのまま寝てしまった。
翌日、日向がベッドで起きると景はいなくなっていた。
日向は、あのまま床で寝てしまったはずだが、景がベッドまで運んでくれたのか、と思った。
置手紙もなく、そういえば連絡先だって聞くのも忘れていた。
「もう地元に帰ったのかな」
最後に挨拶もなく別れるのは、前と同じみたいだ。
自分がしたことを今度は景にやられたのだ、と思った。
そのまま、その日は心に穴が開いたような感覚がして、仕事があまり手につかなかった。
その日もまた残業だった。今度はしっかり意識を保ち、帰路につこうとした。
昨日の交差点が見えてきて、また景を思い出した。
信号は赤。今日は、この時間でも車は多かった。
「あれ」
10メートル先の信号機、まるで止まることを知らないように、交差点に吸い込まれていく人がいた。
ぼんやりした薄暗い街頭、でもその後姿ではっきりわかった。
すぐ横に見えた黒のワンボックスカーはスピードを落とさずにやってきている。
「景!」
景がフッと後ろを振り向いたと同じタイミングで、彼の目前をビュンっとワンボックスカーが通過した。
景は少しくたびれた顔で、日向を見ていた。
日向は景のところに走ると、景の服装が昨日と同じであることに気づいた。
「景、どうしたの?」
景は酷く苦しそうな顔で、ずっと日向を見つめながら今にも泣きだしそうだった。
「ちょっと、そこで話聞くから」
日向は景の手を無理矢理引っ張って、近くの公園まで急いだ。
ベンチと滑り台、それにドーム状の遊具があるだけの寂しい公園だが、都内にしては広い程だった。
また、そこは中学生の頃、景と日向がよく遊んでいた公園にそっくりな造りだった。
肌寒そうな景を見ると、どこか今にも消えてしまいそうで、思わず自分の羽織っていたクランチコートを景に羽織らせてあげた。
景はずっと下を見ながら、日向とは目を合わせないようにしていた。
何があったか、それまでも日向は聞かないようにした。
穏やかな風で木々が揺らいで、12月の夜は一層に寒かった。
「日向」
フッと急に景が口を開いたが、視線は相変らず落ちたままだった。
「あの時、なんでいなくなったの」
ただ、ぽつりと呟くように景はそう言った。まるで大人の気配を帯びてない少年のような、そんな声色だった。
「親の転勤で、全部急に決まったんだ」
日向も、当時の事を思い出しながら言った。
「寂しかったよ」
そう言った景は、昨日とはまるで別人のようだった。
「本当に、ごめん」
景は日向を横目でちらっと見た。
「日向は、中学生の時、何が一番楽しかった?」
そんなことを急に聞いてきた景に、日向も少し動揺して、少し考えた。
「授業よりも景と話してたことが楽しかったな」
自分のありのままの気持ちをそのまま言った。
景は、やっと目線をあげて空を見ていた。
「日向と将来のこと、沢山話したよね」
「話したね」
「将来は、有名デザイナーなって自分のアトリエ作りたいって言ってたよね」
「昔の話ね」
景は、日向を見て、今はまだできてないの?と聞いた。
「今は、もう目の前のことで精一杯だよ」
寒風がまたフワっと吹いて、日向の足元にあった枯れ葉が流れた。
景は、ただドームの遊具を見つめていた。
「昔、あんなドームの遊具の中で約束したこと覚えてる?」
「約束?なんだっけ」
「どちらの未来もしっかり叶えられますようにってこと」
景は日向を見て、スッと笑った。
「僕はもう叶えられそうにないや」
日向は思わず景を見ても、景はもう前を向いていた。
「日向なら絶対にやれるよ。頑張って」
景はおもむろに立ち上がって、そのままその遊具に走っていく。
景は、遊具の後ろまで行くと、日向をジッと見た。
「日向、ありがとう」
景は、その後何かを言いかけるように口を開いたが、すぐに口をまた結んだ。
「言いたかったこと、昔のここに全部書いておくから」
景はそうやってよくわからないことを言った後、スッと中腰になって遊具に隠れた。
昔と一切変わらない、中学生の時に、二人でよくやったかくれんぼみたいだった。
日向もそのまま立ち上がって、遊具まで走った。
「ちょっと、景。何歳になってまでかくれんぼすんの」
日向は笑ってそう呼びかけても、景は顔を出さなかった。
「景?」
日向はドームの中を見渡した。
もうどこにも景はいなかった。
「あれ、景?」
大きな雲に月が隠れて、それまでの月明りが一瞬、消えた。
夜がまた一層暗くなった。
千葉県の田舎町。立派なイチョウの木が生えたその前に、ずっしりと位置した民家は、最新機種のインターホンが不釣り合いについている。
インターホンを押すと、向こうの戸の奥の方から、はい、と大きな声がした。
少しして、玄関先から老婦が出てきた。
「どちら様ですか?」
「あの私、景君と中学生の時に友達だった、谷日向って言います」
老婦は、景の友達?と聞いて、ジッと日向を見た。
日向が頭を下げてまた上げるまで、ただジッと見て、少し穏やかな表情をした後、「とりあえず上がってください」と言って、日向を家に招き入れた。
いつかのアニメ映画で見たような、田舎の大きな民家の内装は、外観から想像できる造りだった。
何畳もある大きな居間に、茶の漆が塗られたテーブルが真ん中に置いてあった。
「私、景の母です。今、お茶持ってきますので」
「あぁすみません。突然押しかけて。お気遣いなさらないで下さい」
日向は正座をして、回りの部屋をそれとなく見渡して待っていると、景の母は、おぼんに茶と菓子をのせてやってきた。
「それにしても景の友達が、今になってどうしたんですか」
景の母はそう言いながら、どうぞ、とお茶と麩菓子のようなものを日向に差し出し、テーブルを挟んで日向と向かい合うように座った。
「私、景君と中学の時に仲良くさせてもらっていて。もう、十数年も前の話ですけど」
景の母は、日向の目をジッと見て、もうそんなに経つんだよね、と呟いた。
日向は景の母の目を見て、言葉に詰まった。
だが、どうしても確かめなければいけない事があった。
「景君って、今どこにいるかわかりますか?」
日向は言おうとしてる言葉が上手く纏まらなくて、変な質問になってしまった。
景の母は、お茶を少し含んでからグッと飲み込んだ。
「景は、中学3年生の時に亡くなりました」
「…は?」
よくわからなかった感情と、それだけはない、と自分の中で言い聞かせてきた妄想が、現実と急にリンクして、吐き気がした。
「いやそんなこと…だって、昨日私、景君と一緒に」
景の母は混乱している日向をただ遠くを見るような目で、眺めていた。
「景が中学3年生の頃。もう15年も前のことね。ある時、急に景が身体の節々が痛いって言うようになって。そこから悪性のガンが見つかって。もうその時には全身に転移してた」
遠くを見つめるような声で、景の母は淡々と言った。
「そこからもう1か月ちょっとで亡くなった」
ごめんね、と景の母は震える声で続けた後、ハンカチで目元を抑えた。
日向も今は色々な感情が渦巻いて、ただ呆然としていた。
「景と仲良くしてくれたんでしょ?ありがとうね」
あの子、友達少なくていつも心配してたから、と続けたその声はまだ震えていたが、それは日向への愛を含んでいるような穏やかな口調だった。
「良かったら景にお線香あげてもらってもいい?」
景の母はそう言って、居間の奥にある仏壇に目をやった。
ハッと日向は意識を無理に現実に戻して、はい、となんとか応答した。
仏壇には、当時の中学生の景が笑っている写真があって、供え物でコーラやポテトチップスが置かれていた。
「もう、景も生きてたら日向さんと同じ歳だから、コーラじゃなくてお酒の方が喜ぶのかな」
景の母はそう言って少し笑った後、はい、と線香を日向に渡した。
線香を香炉に差すと、ゆらゆらと煙が揺れて、それがただスゥッと空に消えていった。
景の母と一緒に日向も手を合わせた。
「ねぇ景、生きてるんでしょ?どういうことなの?」
日向は心の中で、意味もないのにそう景に問い続けた。
「ありがとうございました」
玄関前で、最後に日向は景の母に挨拶をした。
「お礼を言うのは、こっちだよ。ありがとうね」
景の母はそう言って、日向を見た後、あ、そういえば、と呟き、ちょっと待ってて、と言い残し居間に戻った。
すぐに戻ってきた、景の母のその手には何やら小さい紙があった。
「これ、日向さんはどういう意味かわかる?」
景の母はそう言って、それを見せた。
紙には、いつかの公園のドームの遊具のような絵が上手に描かれていた。
その、右下の方に小さく「ティーンの魔法」との文字があって更に下に2行ほど書かれていた。
「10代だけが使えるティーンの魔法。
死期が近い僕等が使える、大人になって大切な人に会うための神様からの贈り物」
「これどうしたんですか?」
焦った口調で、日向はそう聞いた。
「これね、最近景の部屋をまた整理してたら、急に見つけたの。こんなものなかったと思うんだけど」
景の母はそれだけ言って、こんなの意味わからないよね、とまた少し微笑んだ。
「すみません、急に押しかけて。ありがとうございました。失礼します」
日向が早口で言った言葉に、景の母もにこやかに、うん、ありがとうと返した。
日向は、それから走った。
景と中学生の時に、ずっと遊んでいた公園まで走った。
「あれは、景からのメッセージだ」
15年前にネットで流行ったオカルトチックなもの。ティーンの魔法。
「それが本当ならきっともしかしたら」
住宅街の一角の公園は昔のまま、そこにあった。
ドームの遊具もブランコもベンチも、まだそこにあった。
急いで、そこまで走った。
「景は私と会った後、15年前のここに書いたはず」
ドームの遊具の中に入ってスマホのライトで暗闇を照らした。
もう30歳の日向がそこに入るのには、随分腰を縮まなけばいけない程度だった。
「もしそうなら、景はきっとここに文字を書いている」
どこだ、どこだ、きっとある。きっと景なら書いたはず。
どこだ。
どこだ。
ただ身体をくねらせながら、必死にその文字を探し続けた。
その時、急に落陽がその穴から差し込んで、パッとドーム全体が明るくなった。
すると、日向の頭上、右の方に何やら文字が見えた。
照らしてみると、古びた文字、マジックペンか何かで、見えづらい文字で書いてあった。
「30歳の日向へ。ラーメンありがとう。夢、日向は叶えてよ。諦めずに頑張って」
「景…?」
日向は更に少し目線を下げた。
まだ文字があった。
そのちょっと下、続けて日向はライトを照らした。
「ずっと好きでした」
古びた文字で書かれた、中学生の景のその文字だった。
日向は泣いた。
小さなドームに、日向の泣く声がずっと反響して、外に漏れるまでだった。
ただ、日向は泣き続けた。
今日の神保町、晴れ。
今日、日向は初めて自分からプロジェクト案を出した。
しかし、チームリーダーからあっさりとそれをはねのけられた。
また残業近く、夜が更けていく。
日向はいつものラーメン屋に入った。
「はい、塩ラーメンね」
「どうも」
店内は、店主と自分だけだった。
「明日も頑張ろう」
ズルっと日向は麺をすすった。
ヒナタカゲ 夏場 @ito18
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