06
「お前たち、何しにきたんだ」
第一声からとげとげしさを孕んだ声で玲衣夜と千晴――正確には玲衣夜だけだが――を睨みつけた理。
「用がないならさっさと帰れ」
手でシッシッと虫でも追い払うような仕草をする理に、後ろに控えている山崎はハラハラと落ち着かない様子だ。けれどそんな対応をされても尚、玲衣夜はいつもと変わらぬ態度で微笑んでいる。
「まぁまぁ、理くん。落ち着いておくれよ。用ならあるさ……そこのお嬢さんにね」
「……え、私?」
そう言った玲衣夜が目を向ける先には――先ほど冷やしパインの店で前の方に並んでいた、桃色の浴衣を着た女性がいた。
此処待機所で紛失届を書いていたのだろう。パイプ椅子に腰かけ、その手にはペンを握りしめている。
「あぁ? おいお前、俺の彼女に色目使ってんじゃねーぞ」
隣に座っていた褐色の肌をした男性が、玲衣夜の言葉に苛々した様子で立ち上がった。ナンパだとでも思っているのだろう。彼女が「ちょっと、やめなよもう」と彼氏を窘めている。
「この人たちに何の用があるって言うんだ。……まさか、あの女性が失くした財布でも見つけてきたっていうのか?」
“まぁ有り得ないだろうが”とその顔に書いてある理からの問い掛けに、玲衣夜は口角を上げてみせる。
「そうだねぇ。見つけてきた、は少し語弊があるかもしれないけど――彼女の財布の行方なら、知っているよ」
「えっ、本当ですか?」
玲衣夜の言葉に、財布を紛失した女性は嬉しそうな声を上げる。対する男性の方は、信じられないとでも言いたげに、玲衣夜を胡散臭そうな目で見つめている。
「さっき屋台の列に並んでいる時に聞こえてしまってね。貴女はお手洗いに行く時以外、ずっと巾着を手にしていたと言っていたね?」
「は、はい。そうですけど……」
「お手洗いの時、その巾着はどこに?」
「えっと、巾着は彼に持っていてもらって……」
「ふむ。なら答えは……明白だね?」
玲衣夜の言わんとしていることが伝わったらしい女性は、困惑した様子でちらりと彼氏に目を向ける。
「えっと、でもそんなことあるわけ……「お前、さっきからでたらめなことばっか抜かしてんじゃねーぞ! 俺がとったって証拠でもあるっていうのかよ!」
女性が言葉を紡ぎきるよりも早く、男性が逆上した様子で玲衣夜に掴みかかろうとする。千晴が間に入ろうとすれば、それよりも一歩早く動いていた理が男性の腕をやんわり掴んで抑えながら、玲衣夜の方に振り向いた。
「彼の言う通り、何の根拠もなく決めつけるのは違うだろう。……彼が盗ったという、決定的な証拠があるのか?」
「ふむ、そうだねぇ……」
理が玲衣夜に問うその声色からは――疑問符が付けられながらも、どこか確信めいた響きが感じられる。玲衣夜の探偵としての腕を信じていることが、伝わってくる。
「君のズボンのポケットの中を、見せてもらってもいいかい?」
玲衣夜がまっすぐに視線を向ける先――Tシャツに隠れていて見えないが、男性の右側のズボンのポケット部分が、よく見れば少し膨らんでいる気がする。
「なっ……何でんなの見せなくちゃならねーんだよ!」
「そこに“証拠”があるからさ」
「……失礼させてもらう」
「なっ、おい勝手に触んな……!」
玲衣夜の言葉に渋る男性。手を掴んでいた理は、一声かけてから、ポケット部分にTシャツの上から手を翳した。そしてすぐに眉を顰めたかと思うと、Tシャツを捲りあげ、半ば強引にそのポケットから何かを抜き出した。
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