05
「さぁ、次は理くんの番だよ」
にやりと笑った玲衣夜に、理はフンと鼻を鳴らしながら黙って鉄砲を構える。
銃口の向かう先は――茶色い猫のぬいぐるみの隣にあった、青っぽい色をした猫のぬいぐるみみたいだ。茶色の猫のぬいぐるみと対になっているのだろう。その瞳は綺麗な金色をしている。
狙いを定めた理は、躊躇なく引き金を引いた。
「……すご」
見ていた千晴は、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。まさか、一発で狙ったものを仕留めてしまうだなんて思っていなかったからだ。
千晴の隣では、山崎が「さすが一ノ瀬さん!」と興奮した様子で囃し立てている。
「おいおい、兄ちゃんたち何もんだ? 鉄砲構える姿が素人のそれじゃあねぇな」
おじさんはまた大口を開けて笑いながら、青色の猫のぬいぐるみを理に手渡している。
「いえいえ、私はただの通りすがりの一般人ですよ。それにしても……さすが理くんだねぇ。私の負けだよ」
負けたというのに嬉しそうに笑っている玲衣夜に、理は何とも言えない、苦虫を噛み潰したような表情をした後、小さな溜息をこぼした。
「……お前にやる。俺が持っていても仕方がないからな」
そう言って青猫のぬいぐるみが入った箱を玲衣夜に手渡したかと思えば、今度こそ本当に背を向けて歩いて行ってしまう。
「おぉ、理くんからの贈り物だなんてレアだね。有難く受け取るよ、理くん」
玲衣夜のお礼の言葉に特に反応を示すことなく足を進める理は、今度こそ本当に雑踏の中に見えなくなってしまった。
「……って、置いて行かないでくださいよ~!」
そして、それを追いかける山崎の姿も見えなくなり、射的屋の前には千晴と玲衣夜の二人だけになる。他の客の邪魔になるだろうと通路の端の方に避けながら、お互いに手に持った猫のぬいぐるみを見て、思わず笑みをこぼしてしまった。
「ふふ、千晴とお揃いだねぇ。嬉しいな」
「そうだね。……ねぇ、これ、事務所に置いておいてもいい? せっかくだし、並べて飾ろうよ」
「うん、それは名案だね。この子たちも一緒の方が嬉しいだろうさ」
店主のおじさんに貰っておいたビニール袋にぬいぐるみを入れて、玲衣夜と千晴は並んで出店を見て回る。
具合の方もすっかり回復したらしい玲衣夜は、林檎飴にチョコバナナにと、美味しそうな食べ物に目を奪われているみたいだ。
「ふむ……どうやらあっちの店では、今だけ冷やしパイン一本無料のサービスをしているみたいだよ」
「何で玲衣さんがそんなこと知ってるのさ」
「さっきすれ違った子どもが言っていてね。耳に入ってきたのさ」
「ふ~ん」
――さっき子どもとすれ違ったりしたっけ? ……まぁこの人の多さだ。気付かなかったとしてもおかしくはないか。
玲衣夜の言葉を信じて進んでいけば、確かに、そこの出店では冷やしパインを一本買うと、おまけでもう一本付けてくれるらしい。
既に六人ほど並んでいる列の最後尾に並ぶ。
玲衣夜がズボンのポケットから財布を取り出す様を横目に見ていれば、千晴の耳に、前方に並ぶ客の声が聞こえてきた。
「……あれ、財布がない」
二人寄り添って並んでいた二十代前半くらいのカップルだ。桃色の浴衣を着た女性の方が、巾着袋の中に手を入れて、焦った様子で目当ての財布を探している。
「おいおい、どっかで落としたのかよ」
「えぇ、そんなはずないと思うんだけど……。だってお手洗いに行く時以外、私ずっと手に持ってたし……」
「んなこと言って、お前、うっかりしてるところあるしよぉ。まぁ仕方ねぇから、ここは俺が払っといてやるよ」
「……うん、ありがとう」
腑に落ちないといった表情の女性は、男性に買ってもらった冷やしパインを手に、紛失届を出しに行くのだろう。理たちが控えているであろう待機所に向かっていった。
「――はい、千晴もお食べ」
「うん、ありがとう玲衣さん」
玲衣夜の番になり、一本分の代金で冷やしパインを二本受け取る。当然のように一本分けてくれた玲衣夜にお礼を言った千晴がパインを口に含めば、甘酸っぱい冷たさが口内に広がった。
「うん、祭りで食べるパインも格別だねぇ。……うむ。冷やしパインも手に入れたことだし、私たちも行くとしようか」
「行くって……どこに?」
千晴の疑問の言葉に、玲衣夜はゆるりと口角を上げた。――この顔は、玲衣さんの中でスイッチが入った時の顔。探偵モードの表情だ。
「Shed light on the incident.――さぁ、楽しい謎解きの時間だよ」
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