04
「そうだ、良いことを思いついたよ。ここで会ったのも何かの縁だし、理くん、私と勝負をしないかい?」
「は? 突然何を言い出すかと思えば……そんなのするわけが「負けた方が勝った方に何でも奢るっていうのはどうだい?」
「って、俺の話を聞け!」
理の断りの言葉なんて聞こえていないみたいに話を続ける玲衣夜は、かき氷屋のちょうど隣にある射的屋へと視線を向ける。
「うん、勝敗はあれで決めようか」
「……はぁ。悪いが、俺たちはお前と違って暇じゃないんでな。直ぐに警備に戻らないといけないんだ」
「え、でも今は休憩中ですし、少しくらいは大丈夫かと…「何か言ったか、山崎」
「いいえ! 何も言ってません!」
玲衣夜に背を向ける理に不思議そうに首を傾げる山崎だったが、鋭い視線にすぐさまその口を閉じている。……彼もだいぶ苦労しているのだろう。
そのまま足を進める理だったが、玲衣夜から投げかけられた挑発めいた言葉に――その足がピタリと止まった。
「へぇ、逃げるのかい?」
「……誰が逃げるって?」
「理くんに決まっているだろう。理くんは射撃の腕前が良いと虎さんに聞いていたからね。ぜひ一度拝見したいと思っていたんだけれど……そうでもなかったみたいだ。残念だよ」
「……それ、本当に藤堂さんが言ってたのか?」
「あぁ、勿論」
「……そうか」
眉根を寄せて苛立ちを顕わにしていた理だったが、藤堂の名前が出た途端、心なしか寄せられていた皺が緩んだような気がする。
――あぁ、思い出した。そう言えば、一ノ瀬さんにとって藤堂さんは憧れの刑事なんだっけ。前に玲衣さんがそんなことを言っていた気がする。
理の顔を見て、千晴は玲衣夜から以前聞いた話を思い出した。
「……仕方がない。一回だけだからな」
「そうこなくっちゃね」
肩を回して楽しそうに笑う玲衣夜と、ワイシャツの裾を軽く捲ってどの鉄砲にするか見定めているらしい理。二人共殺る気…いや間違えた。やる気満々といった感じだ。
ついさっきまで死にそうな顔をしていた玲衣夜だったが、今は別人かと思うくらいに生き生きとした表情をしている。面倒くさがり人間ではあるけれど、こういう楽しいことや勝負事にはとことん全力なのだ。
「よし、どれを狙うかは千晴が選んでおくれ」
「……え、僕?」
二人の後ろで山崎と並び立ち、勝敗を見守っていようと控えていた千晴。しかし話を振られるとは思っていなかったので、一拍置いて聞き返してしまう。
「あぁ、どうせ獲るなら千晴の欲しいものをプレゼントしようと思ってね。遠慮しないで言ってごらん」
「うーん、それじゃあ……あの猫のぬいぐるみで」
千晴が指をさした先。ちょこんと座っている茶色の小ぶりな猫のぬいぐるみが、透明なプラスチック製の箱に入れられている。瞳にはアメジストみたいに綺麗なガラス玉が埋め込まれていて綺麗だ。
真っ先に目についたから口にしただけの千晴だったが、下から数えて三段目の棚にあって一番距離があるし、一段目の手前にあるお菓子とか、もう少し落ちやすそうなものを選べば良かったかもしれない。
しかしそんな千晴の懸念も露知らず、玲衣夜は余裕そうな表情で「よし、任せておくれ」と銃を構えて狙いを定めている。
「兄ちゃん、あの猫のは中々良い代物だからなぁ。重さもそこそこあるし、落とすのは難しいと思うぞ?」
店主のおじさんは、がははっと笑いながら腕を組んでいる。理は黙って玲衣夜の様子を見守っていて、山崎は玲衣夜の銃を構える後ろ姿に小声で声援を送っている。
一人につき弾は三発分。先行は玲衣夜だ。
「おっ、惜しいなぁ」
「……うん、意外と難しいね」
一発目の弾は箱に当たったけれど、少し動いただけで落ちるまでは至らなかった。玲衣夜は集中した様子で再度狙いを定める。
「お、おぉ、兄ちゃん上手いな。また当てやがって」
二発目も箱の角に見事に命中。店主のおじさんは驚いた表情だ。箱は斜め方向を向き、確実に後方へと向かっているけれど、まだ落ちるまでには至らない。
「……ふん。自分から勝負を持ち掛けておいて、無様な姿を晒すなよ」
隣で玲衣夜を静かに見つめていた理が、最後の一発を撃つ直前、ボソリと低い声で呟いた。多分、理なりの激励なのだろう。
玲衣夜は「あぁ、勿論だよ!」と嬉しそうに笑みを返している。
「……」
「……」
周囲の騒がしさから一変、皆が固唾をのんで玲衣夜を見守る中、最後の一発が放たれた。弾は真っ直ぐに軌道を描き、そして――。
「っ、凄い! 落ちましたね!」
山崎が嬉々とした声を上げる。店主のおじさんも、まさか三発で仕留められてしまうなんて思っていなかったのだろう、暫し呆然としたようだったけれど――頭をガシガシと掻きながらがははっと豪快な笑い声を響かせた。
「兄ちゃんやるなぁ! ほれ、持ってけ」
「あぁ、ありがとう」
景品を受け取った玲衣夜は、そのままくるりと振り返って千晴にぬいぐるみを差し出した。
「……本当に僕が貰っちゃっていいの?」
「あぁ、勿論。千晴のために獲ったんだからね」
「……うん。ありがとう」
受け取った千晴は、まじまじと箱の中を覗き見る。
間近で見る茶色の猫のぬいぐるみは、遠目で見た時よりずっと手触りが良さそうで、その瞳はやっぱりアメジストみたいに綺麗だ。
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